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2025-12-03 08:22:00
次のネット配信記事によると、「エコノミスト」という「特権階級」が、10数年前のリーマン・ショックのあたりから(だから2010年ごろからということになるが)、米国の社会表面から消失しつつあるらしい。/「人類普遍の真理」という思い込みを地上に広げていたアングロサクソン由来のイデオロギーが、「政治経済のグローバリズム」という社会表面に現れている様相が、明瞭に行き詰まっている現象//幸か不幸か日本では、「政治経済学」という「古風な経済学」がしぶとく生き残っていて、「エコノミストという特権階級」は社会表面でも支配的とは言えなかった。だからこの配信記事のような「社会現象」は日本では起こりようがない。//次のネット記事をぜひご覧ください。/12/2 配信ネット記事、中岡 望氏の文章。「【米国最新情報⑦】経済学博士の"黄金時代"は終焉、雇用状況は急激に悪化、当たらない経済予測も問題」。
2025-12-02 06:48:00
12/1 集英社オンライン 木戸次郎氏執筆 配信 「バフェットも孫正義も資金を引き揚げた! 『1ドル157円でも危機感ゼロ』日本の麻痺しきった感覚と市場が警戒する"熱狂の最終局面"」。//およそ日本中の識者たる者、この記事に託された悲痛な宣言を直視できないのなら、それでは「識者でもなんでもなかろう」。またこの記事を読んで日本語を理解できる国民なら、この国の根本的反省が求められていることをご理解なさるべきだな。/私は日本の金融・貨幣市場についても、高市氏の内閣と自民党政府についても、あえて批判をしないできたが、木戸氏同様、最後の反省を求めたい。いまのありさまは、正気の沙汰ではない。
2025-11-26 09:53:00
トッド氏の著書『我々はどこから来て、今どこにいるのか』文芸春秋、2022年の全体の論旨は明瞭である。現代社会の大方の人々が「絶対的真理」と信じて疑わないところの、近現代社会の国民諸国家の「意識の最表層」にある「政治的・経済的・リベラリズム」は、英米仏という(とりわけ英米英語圏という)社会人類学的には「核家族型」という特有の歴史的家族型を社会人類学的背景をもつ国民国家が先導して世界化したものであるという「歴史的社会的限定性」をもっている。近代欧米社会の個人主義と自由主義を「疑うべからざる人類普遍の真理」とうたう「リベラリズム」が、1990年代以来の世界の政治経済的格差の極端な拡大という姿の中ですっかり行き詰まってしまったのだと、著者は本書の全体をもって主張している。本書上巻「アングロサクソンがなぜ覇権を握ったか」(下巻の第14章までとみるけど)は、「輝かしい」近代市民革命から「人類普遍の」デモクラシーの確立と発展、アダム・スミスの理論に象徴されるような、個人主義と自由主義に基づく資本主義の輝くような世界的発展を、がつんと否定する(まあ、相対化するわけだか、)論述である。本書下巻「民主主義の野蛮な起源」(とくに第14章以降)は、政治・経済格差の極端な拡大により、リベラリズムがとうてたい立ち行かない状況になっているという「リベラリズム行き詰まりの様相」を読み解く。近現代リベラリズムの解体という巨大なテーマを、形而上学的にではまったくなく、現実主義的に把握する筆致なので、たいへんに読みやすい。(クレール エ リッシュとは、まさにこのような文章だろう。ナニこれはエマニュエル・トッド評ではなくて、フランス語という言語についての批評だが)著書前半部では、核家族が議論の中心だが、後半部では、直系家族と共同体家族が議論の中心になる。
2025-11-25 07:01:00
トッド氏著(2) 「日本の読者へ」つづき。/ウクライナ戦争を論評している部分。/トッド氏は、本書執筆中の「世界の戦争危機」が「国民国家の世界的な政治・経済対立」としては、「米ロ対立と米中対立である」と観察し、この二極で、「欧米世界(日本も含む)」が「非欧米世界」と対立している、と読み解く。しかし「国民国家の社会人類学的対比」としては、この米ロ、米中という世界的対立の社会人類学的ありようとしては、これは「英米仏の核家族型の国民国家の姿」と「その他の世界の直系家族型=日独、および共同体家族型=75%の世界、の国民国家の姿」との対抗であるという。/世界(グローバル)の経済的対立の姿は、世界の貿易構造として、誰の目にも明らかである。英米世界(消費国)が消費物資を非英米世界(生産国)に仰ぎ、英米世界が年々膨大な貿易赤字構造になっている姿である。/社会人類学的には、近代的諸国家は現在、人口が停滞ないしは減少の極端な様相を示しており(それを移民でなんとかカバーしようとしている)、戦争を他の国民国家にしかけて国勢を伸ばすという目論見は元来がありえないものとなっている。/それなのに、戦争が切迫したものであるという危機感を英米世界がもつのは、核家族型特有の政治・経済イデオロギーを、それ以外の家族型の(つまり直系家族と共同体家族)の政治・経済に強制しようとして、それがうまく強制できなくて行き詰まっているという、英米世界の無理解に起因するとしている。/そもそもこのグローバルな政治・経済そのものが、相互依存の強い体制になっていることが誰の目にも明らかなのに、これを「戦争への危機」と受け取っている英米世界のありようは、不合理極まりないと著者は考える。/著者がよく例に挙げるのは、英米世界で当然のように推進される「女権尊重」という仕方は、これを家族型が違う諸国民国家に「当然の絶対的倫理として」ごり押しに強制するようなありようが、現実の社会的ありようとして「少しは反省されてもよさそうなものだ」と、さてみなさんどうおもうかな。この辺で仰天して驚かれるのなら、もうこのあとよまなくていいでしょう。/ところで「米ロ戦争危機」の具体化としてバイデン時代に「ウクライナ戦争」が始まり、現在も戦われている。ただトランプ氏の第2次政権は、なんか対ロ関係が奇妙な紆余になっているね。いまあたかもロシアと共同して米国はウクライナ和平を図るかのような雲行きだ。そしてウクライナ戦争は欧州がやっている戦争だから、欧州自身の戦力と財力でやるがいいというようにトランプ氏は言動している。/私は蛇足を加えすぎたかもしれない。ただ、トランプ米国政権は、従来の英米世界の常識がもう維持できないと見極めて現れているということは容易に見て取れる。トランプ氏のリベラリズム否定の言動が「単純には否定しがたい」ものなのは明瞭だろう。/「経済制裁」という欧米型戦略に著者が言及して、これは「平和的戦争手段」どころか、第一次大戦期に欧米が発明した「敵国をせん滅する戦略」であるとし、ところが現在のウクライナ戦争では、欧米の対ロ経済制裁は、当然にロシアの対欧米経済制裁を伴い、結局は両者とも消耗戦になっており、いまや「どちらの側が堪えられないか」というありさまになっているという。図星だな。「欧米側が絶対に強い」と言い切れる状況ではなかろう。もともと欧米とロシアの間の強いエネルギー相互依存関係が存在するのだから。欧米から言って殲滅戦のつもりが、客観的にはそうはなれまいという観測だ。共食いないしは共倒れということだな。
2025-11-23 06:15:00
これからトッド氏著『我々はどこから来て、今どこにいるのか?』上巻「アングロサクソンがなぜ覇権を握ったか」について、何度かに分けて感想文を書きますが、その第1回は、上巻冒頭の「日本の読者へ---政治学、経済学ではわからない現代世界」(1-19頁)です。「トッド氏著(1)」と、タイトルに通し番号を付けておきます。/この「日本の読者へ」では、この著作が著者の研究生活の集大成であること、自分の学説が日本では非常に受けがいいからあえてこの「集大成」の日本訳を出す気になったことを述べ、日本にも速水融(とおる)という「歴史人口学の父」がいて、その人は日本の直系家族という家族型が、鎌倉時代から明治維新に至る長い時間をかけて徐々に定着していったことを明らかにしていること、著者は従来欧州ではドイツの直系型家族に非常な興味を持っていたが、東洋の日本の同様に直系型家族に親しく興味を燃やしつつ、いま「日本から世界をみる」という新鮮な視覚を経験することは大変に有意義である、としています。(著者はフランスの人なのです。)/この著書は2017年に出版されましたが、2016年はイギリスのEU脱退、年末に米国に第1次トランプ政権登場、という波乱の年でした。それにしても現在の時点(本書日本訳出版2022年)までには、ウクライナ戦争の開始という激動があります。この「日本の読者へ」では、この2017-2022年の間に起こったウクライナ戦争についての論評を、特に書きこんでおきたいとしています。/以上を要するに、ウクライナ戦争についての著者の論評が、この「日本の読者へ」執筆の主目的だと、わかります。/もう一度、稿を続けて、「ウクライナ戦争についての論評」を書きましょう。/このトッド氏という人の議論の仕方、文章の書き方は、国民国家の家族型から出てくる「そのネーションの特徴」を基盤に置きながら、そのネーションの政治と経済という表層の観察を、「それらの表層をより深い次元で規定している教育、宗教、家族システム等」の動きに注目する「人類学的アプローチ」という構造をとっているのですが、この議論の構えが大型か小型かはその場合によりますが、著者によって常にとられているのが、明らかです。ありていに言って、家族型の議論はそう難しいものではありません。このウクライナ戦争論評の個所では、とくに「社会的下意識の」そして「社会的無意識の」分析が加わる点に注意して眺めたいと思いますよ。つまり、この際あえて、トッド氏の議論の「癖」を把握することです。/なに結構トランプ氏の関税政策の論評なども含めて、第2次トランプ政権の観察に必要な議論も、本書中に十分に表れています。