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2026-01-12 19:28:00

地球史だから地理学だろう、と話を振っても、そう簡単に出口があるわけではない。そもそも地理学というのが、決して取りつきやすい部門ではない。/たとえるならば、国語と文法の関係が、歴史と地理の関係に似ている。文法という部門はいわば国語という部門のルールを扱っていて必須の部門だが、全然面白みがない。歴史は地理の姿がどどっと流れてゆく様相を示すから、流れはわかるが静止したときのデテールはない。地理は静止の姿で示されるから一見して何かわかった気になるが、しかし流れが伴わなければ死んだ知識だ。/これは静止の姿が念頭にない者が流れだけ説明されても、具体像がいつもどこにもなければ空虚な思いをするしかないのと同じだ。地理の姿をしつかり念頭に置きながら流れを観察せよと言われる。(米国の歴史の教科書が、冒頭非常な頁数を使って米国地理を詳しく説明してあるのを見たことがある。日本にはこういう歴史の教科書はまずない。)地理は見るものがそのいくつかの部分について、その最近の過去は?それはこれからどうなるのだろうか?という思いを以って見ていると、そこにある地図が生き生きと動き出す。/私のいいたいことは、歴史と地理という二つの視角をうまくない混ぜてものを見ることが、歴史認識にも地理認識にも必要だということだ。//地理学というのは、気候、水系地理、地形などの「自然地理」が、「植物地理」、「動物地理」という「生物地理」に、そして「自然地理」と「生物地理」が、つまりつづめて言うと「自然」が、己も動物の一種たる「我々人類」にどう関係・影響するのかを主題として取り扱う、のであろう。それにしても19世紀末以来、生物における進化、人類における進化という動きが重要な観察点になつてきた、という具合に読める説明が、ヴィダル・ド・ラ・プラーシュ『人文地理学原理』岩波文庫、1940年初版、の上巻18頁あたりに書いてある。要するにこの「人文地理学」は、自然の、人類の生活に対する影響を、生物の進化という時間的要因をみながら、論じているわけである。(今日の地理学であれば、地質の歴史にもある種の進化概念を伴うかもしれぬが) はっきり言って、このような人文地理学の姿であれば、自然地理は人類の生活のたんに与件であって、人の活動が自然の成り立ちを撹乱するという視点は乏しいであろう。(もっとも、それがまるでないとは言わない。たとえば、「地味を痩せさせる」ような人間の活動は、さすがに気が付く。三圃制というのは、人間によるその対抗策でもある。)ただ一般には、ただ地理学と言えば、人間活動に対して受け身の存在だろう。/そういうわけで、急に処方箋はない。//この『人文地理学原理』に解題を書かれた飯塚浩二先生は、このような「人文地理学」に「歴史学の筋を通すべく」、まあ早く言えば唯物史観を(人類の生産の場における生産関係の歴史だね)入れるよう示唆されている。(1939年12月ですからね。ずいぶん昔の、昭和14年です。)しかし唯物史観を導入しても、人類がもっぱら主体的で、自然の方が単に与件、という構図は変わりませんよ。

2026-01-12 09:31:00

一方で地球を話題にしながら、他方で太古以来の諸宗教や諸哲学の参入を度外視することは難しかろう。(この方面の議論のほうが大変だろうと、同情されるやもしれぬ。この方面にけじめをつけなければならないのが、宿命である。)そもそも地質学からして、17世紀段階ではキリスト教の旧約聖書に出てくる神話である「ノアの洪水」を、まるで地質学上の疑うべからざる史実として、「洪積世」を考えているわけだ。この「洪」は「ノアの洪水」の「洪」なのだ。やっと20世紀の半ば過ぎに、「洪積世」は改称した。まあ氷河が溶けて地球に大洪水を起こしたのは事実だろうけど。橄欖の葉を咥えた鳥がノアのところに飛んできたのは、サイエンス・フィクションとして十分に想像できよう。/地理学は神話と現実の橋渡しを画期的にうまく果たしてきたようだ。「地球のお話」は人間には「大地の意義」であって、宗教・哲学はこぞって宗旨に盛るしかない。地球が自然科学的存在として認識されてゆくためには、太古にはそれは「お空の話」として「客体化」されるしかなかった。それが太古の「天文学」であろう。地理学史の本をたどってゆけば、古代から中世、近代にかけて、人類の先覚者たちは、「お空の法則」を地上の物理学の基本的認識に読み替えていったのだとわかる。(かれらは今の我々と同じ悩みをしのぎながら世をわたった。宗教と哲学は剛力を誇っていたから、うまくしのがないとぶち殺される危険があった)そしてやっとのこと、ニュートンの物理学が成立した(いま古典物理学なぞと批評するが、この生みの苦しみを思いやるがよい)。そういうわけで、地理学史は、まさにこの宗教と形而上学との対応を全身に浴びた太古以来の科学発達史である。さしあたりこの地理学の経過に学べばいいと思うよ。小中学、大学生にも、そう説得していいとおもうが。どうだろう。『み空の花を星と言い、我が世の星を花と言う(逆だったかな)」の境地だよ。今の世も、銀河を観察してその時空を察し、顧みて地球の限りある人生を思っている。

2026-01-12 09:01:00

正月の衆院解散はまるで既定事項であるかの感があるが、首相独断でできるものなのだろうか。1/12の朝日新聞は(3頁で)それを話題にした。確かに衆議院解散は首相の「専権事項」という法規になっている。このまま政治を続けると政権の負担が増すばかりで、解散を考える機会はどんどん難しくなる、いっそ今が好機、という「判断」は理解できないわけではないが、それにしても党内に話し合う機会もろくになしに解散となるのは、まるで「お山の大将」であろう。なにも仕事をしないで解散とはひどいではないかという野党の声に対抗できるような、「解散の大義」はどう示されるのか。とにかく解散ありきではないだろう。/同じ朝日新聞3頁に、小さな囲みではあるが、イランの大衆行動に対して、イラン政府は「平和的運動に対しては、平和的手段で処遇すべきではないか」という高市首相の「ネットへの投稿」があった旨、記事にしている。また、茂木外相がイスラエルを訪問して、イスラエルに対して、イスラエルとハマス双方がガザの緊張について相互に緊張緩和に努める具体的努力をすべきだと申し入れているという記事を載せている。高市内閣が平和外交を行っている証左ではあろう。

2026-01-12 06:26:00

「人新世」という名称は、ノーベル化学賞受賞者のパウル・クルッツエン氏が提唱した名称で、「人類が地球の地質や生態系に与えた影響に着目し、提案されている地質時代区分名」であって、いわゆる正式の地質時代区分名ではない。「人類の活動が地球規模の環境変化を引き起こしている」という強い認識に基づいているもので、現代は地質学上の正規の呼び名は「完新世(沖積世)」なのだが、その完新世の時代の最中に「特に人類の環境破壊活動が活発になった時期」をいうものと、理解される。(端的には20-21世紀ではなかろうか)

この「人新世」という名称は、斎藤幸平さんが『人新世の「資本論」』という本を集英社新書としてお書きになったことで、読者の話題に上るようになって、それから急に知名度が増した。斎藤さんはいうなれば経済思想家で、資本主義がいま地球を破滅に追いやっている、と力説しておられる。/私はこういう解説を書く時、AIのお世話にもなっているが、だからって自分が人間中心主義だとは思わない。「人新世」という言葉を聞いて、言葉の語感を「人間中心主義」ではないかと感じる人があるやもしれぬが、それは大きな誤解ではないか。その反対に「人間中心主義を戒める思想」から出た言葉であろう。

もし人知による科学技術の発展が「地球破壊の宿命」を乗り越えて「地球の創造的発展」に向かうなら、今度は「知性代」のような名称をとなえることになるかな、とうがったことを考える人もいるようだが、私はこれはひどい空想だと思う。道理の裏付けに欠ける、語呂合わせだけの発想ではなかろうか。むろん地球の環境破壊を防ぐために現存科学技術から適当な手段を選ぶことになるやもしれぬが、そのことを以って「やはり人知の輝かしい勝利ではないか」と、説こうというのかね。/地球の議論、もう少し続けます。

2026-01-11 19:11:00

「地球史」と言ってしまうと、もう少し追加説明が必要です。菲才ながら、述べます。/地球地表の歴史を表す「地質年代」というものがあります。17世紀に、ノアの洪水をもとに、近年の地質年代を「洪積世」「沖積世」と呼びました。1969年に地質学は国際的に呼称を改めて、「更新世」「完新世」としました。(だから我々の世代によっては、古いほうの地質年代名で覚えている人々がいるわけです)(なお今日の学校の試験では、後者の呼び方を正解とします)/ところで地球は、氷河期と間氷期を長い間隔をおいて繰り返しているのですが、最近80万年前から約10万年間隔で氷河期と間氷期を繰り返したといいます。この最後の氷河期が3500万年前から始まりました(これを第4紀といいます)。この第4紀について、258万年前から始まり1万1700万年前まで続いたのが「洪積世(更新世)」。1万1700万年前から始まって今日に至るのが「沖積世(完新世)」です。/17世紀には、洪積世というのは、「ノアの洪水」が済んだがまだ洪水が地上にあふれていて、水が引き始めている地質時代だと言います。沖積世というのは、洪水が退いて、沖積平野が生成した地質年代だといいます。この「洪水」という譬えは、「氷河が解けて水が地上にあふれた」ものと考えていいでしょう。/そういうわけで、人類が火の使用を始めてからの歴史というのは、洪積世(更新世)と沖積世(完新世)にまたがることになりましょう。人類史を「第4間氷期」と呼ぶのは、以上のような理由からです。/第5氷河期というような時代がいつ来るか、これは私の知恵や知識を超えます。ただ、そういう懸念を理由に、「現在の地球温暖化」に疑念を呈する人がいないわけではありません。//続けて、書きます。

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