インフォメーション
今朝の新聞は、日本の証券業界で、どういうAI対応をしているか、政府がどういうAI対応をしているか、という記事を示してる。いまやAI対応問題はそれ自体「国際的」な権力問題なので、「日本の」となっている事情の政治的判断は、しかるべく広範囲の事情によろう。(おそらくはこの問題、まだ報知されていない数多くの事情もあると、見るよ。)/
ついては、大変に客観的に、AI問題を批評する記事が、10/24 に配信されているので、お読みください。この記事は、たいへんにわかりやすく、同時にたいへんにわかりにくい。短いくせに、読みにくい。そして、読みやすい。/
10/24 20:00 COURRiER ジャポン 配信 「AIは本当に人類を攻撃するのか? 専門家が明かす『AI脅威論』の真実」//
私は、「人工知能」なるものには、当然に「賢さのレベル」があるものという考えで読めば、事態がわかりやすいと思う。ひとは「人工知能」と言い切ったとたんに、なんやら無限の恐ろしい知能をいつの間にか想定しているのではないか。同時に「人工知能」なるものが「向上してゆく」という面もあるわけです。(その「向上」は、何を不可欠の条件にしているのか、と考えることになります。この記事は、じつに「人工知能レベル向上の絶対的条件」がなんなのかをクローズアップしています。)
私、自分の息子のコンピュータ気違いに聞いてみました。「いったいいま話題の生成AIは、どのようにして人工知能を手に入れたの?」答え「たくさんのデータをまねして人工知能を作ったのだ。」
上記ジャポンの配信を短絡すると、その人工知能とかは、人間の自然言語処理をシミュレートして、編み出されたものだ。/最近世界のAIが、書籍を大量に買いあさってデータ化しているというニュースが頻発しています。AIが書籍の文章を大量にシミュレートして、そこから、ある問いに対して、AI自身が自分の文章で返信しているかのような状況が、日常化しています。いわゆる生成AIですね。
上記ジャポンの配信では、人間の脳の活動のシミュレートであれば、人工知能と言ってよいものを作れるようになることは、うなずける。ただ、人間の脳はたいへんにエネルギー効率がよく、この面をカバーすることは至難であろうと。そもそも人知は、自然の生物が行う新陳代謝を(エネルギー効率がよいのが普通)、とうてい再現しようもない。
仮に、今の目の前の生成AIが、今程度の「創造的活動」をしているのを、現実と認めたとしても(人類史上、理論がないのに、技術だけがまず成立したという事例はたくさんあるから、そういう一般論でいうと、無視はしえない由)、これが物理上膨大なエネルギー(端的には電気エネルギー)を空費しており、(シミュレーションが物理上の活動でもある限り、エネルギーを絶えず、そして「知能」とかの「向上」をはかれば、飛躍的かつ継続的恒常的に、電気なりなんなり、エネルギーを食いつぶしてゆく)。
たまには、物理学者の視点から、事態を批評すれば、たいへんに参考になります。
もうエネルギーの事態は、テック業界の主力がいる米国だけではとうてい果たしがたい。世界的に問題をひろげてゆくしかない、という国際政治問題なのではないでしょうか。世界の資源を食い、しかし、米国が世界を支配する、という議論なのかな。
この配信のコメントの第1に、「単独では意識はうまれず、相手を得て、相手との交錯を経て、幼い意識が誕生する」というのは、たいへんに面白い着眼ですね。(それが実験的着眼だというのだから、なおさらに、面白い。) 理科系と文科系の「交錯」も、有意義だとおもいます。
ただ、こういう実験は、たえず膨大なエネルギーを消費するわけで、人類の全体はもっと賢くふるまうべきですね。文科的に明瞭になれば、理科的実験を単純化してもいいでしょ。
10/23 今日の新聞は、インターネット不調のニュースのオンパレードとなった、という珍しい一幕。なんでも、インターネット網と、諸ウエブ・サイドを、構成するPHPという、世界約7割のシェアをもつというソフトウエアが、「邪悪なAI」の侵入で、懸念が強いから、注意すべしとの通知を全世界に発信し、「防御用プログラム」を公開した由。そういうわけで、日本に住むわれわれのごく身近でも、「ネットを警戒のために止めて、防御補修をする」動きで、多くの重要インフラが「長時間休止した」。/
私のところも、なんでも体制は、石狩にできたという巨大データセンターを行使しているから、問題はないが、念のために半日、システムを休んだ。まあ私は、時ならぬ中休みと感じている。いま「連載」している二本が、休憩している。「世界遺産」と「国語は最強の教養」だ。たまにはいいさ。/
今日は次の三本が、注目される。たまたまみんなAIがらみだけれど。
10/23 21:15 ビジネス+IT 配信 「【AI世界大戦前夜】OpenAIも警告 PHPは序章に過ぎないこれから日本を襲う恐怖の数か月」。コメント306通。/技術的には事態はどう説明できるかを書いている。一見されたし。
10/23 16:01 Jcastニュース 配信 「AI便利生活をこのへんでやめませんか」PHP問題で真山 仁さんが提案」 コメント65通。/ そういわれても、現実の日常生活をこれから続けるためには、やめられそうにはありませんなあ、というのが大半の声になるだろう。/
そのコメントの中で、tomさん発信のコメントが、さわやかなものだった。中国大昔の「荘子」に、「機械あれば、必ず機事あり。機事あれば必ず機心あり」という言葉がある。以下もtomさんから引用する。「孔子の弟子である子貢(しこう)が旅行中に、一人の農夫が井戸からバケツで水をを汲んで畑に水をやっているのを見た。その都度の労力を見かねた子貢は、あなたは『はねつるべ』を知らないのか。『はねつるべ』(天秤式の約瓶)を使えば楽になるのにと。それに対して農夫『はねつるべ』なら知らないことはないが『機械を使うと、機械にともなう煩わしい事(機事)が起こる。機事が起これば機心(投機心あるいは功利心)が起こる。だから私はそれを使わないのだ。』と。」以下もtomさんからの引用を続ける。「機械にたよらずに生活することは不可能である。が、機械を使ったつもりが機械に使われることになっては、何のための便利かわからない。人間が機械とどういう関係を持つか、技術者の永遠の課題。」/
今回のPHP騒ぎ。「国語という教養」を参照すると、たとえばこういうことになる。この心、わしたちは失いたくないものですね。なお中国の古典を私たちの「国語の教養」に入れて考えていることに、いつか別の形でちゃんとお答えしますからね。たとえ「生成AIを中国が作っている」としても、私という日本人の、この考えは変わりません。
10/23 7:15 PRESIDENT Online 配信。「『買い物はアマゾン』の時代終わる...買い物先行AIの登場が『メイドテンジャパンの逸品』を後押しする理由」。/この記事はずいぶん長い記事だが、そのおどろおどろしさは、ご一見の値打ちあり。/ご存じの通り、21世紀のデジタル経済時代は、これまで20年ほど、いってみればプラットホーム絶対時代だった。プラットホームを抑える者が、GAFAMなどといわれるが、デジタル経済の諸巨人だった。そこへAIがなぐりこんで、新たな諸巨人が現れて、これがGAFAMを凌ぐでしょうよ、という予告記事。その一例として、「プラットホーム巨人アマゾン」の牙城がいま切り崩されようとしていますよとして、アマゾンさんは、ネット上に仮想店舗を構えて、そこにお客の注文を受けるという形式だが、いまAI仕掛けの挑戦者は、お客の問い合わせ段階からAIで受け付け、AIがお客さんに代わって、望みの商品を「安く」買える店を探し、お客の注文をその店に取り次ぐ、という流儀で、アマゾン流を過去のものにしつつある、というのだ。/
たしかにそういわれればそういうことが起こっているね。たしかにうちも、アマゾンから買う商品が、チリ紙ばかりになったり、紙おむつばかりになつたりして、買う本や雑誌の数が減っているやもしれぬ。しかしうちは、アマゾンで満足しているし、アマゾンの立場がこれですっかりダメになるとは思わぬ。同じところから買う安心感はそう簡単には変わりません。
こうしてみると、今回のネット騒ぎも、AIを駆使する業者の人為的なふるまいかもしれぬ。(私がコメントを書いている「世界遺産」の話の中のある一幕に、そっくりのケースが過去にあるのを、いずれご紹介しよう。)
待望の『中央公論』2026年11月号が到着した。「国語こそ最強の教養」を特集としている。この「最強」という点であるが、私は「AIに対抗する人類の教養」として「最強」という意味かと思っていた。まあ、それでも、まったく違うというわけではないが、むしろ、理系の記号論理の発展の最先端にAIがあらわれているということを考えれば、文系の教養である国語の中に、人類最強の教養を見ようということになるかもしれない。ただ、世界観的・人類史的観点から言うと、「国語」と言ってしまうところに「保留」を付けたい。
人類史は、言語の使用については、まず「無文字的言語使用の時代」が長々と続き、それから「文字を使用する言語使用の時代」に入った。世界史でいわゆる「四大文明」の頃・「農耕の始まりと、定住の始まり」・「文字社会の始まり・文字による物語の歴史が始まる」・「国家の成立」がある。そしてこの四大文明の「農耕・定住」というのは、「文字社会・物語作り社会の始まり・国家の成立」に強く律されてでないと、ありえなかったと、考えられるのだ。このような知見はすでに多くの専門家に知られているが、こういう把握が文明史把握のノウハウにまだ十分には生かされていないようである。(このような歴史的識見は、世界人類の先史時代の先住民族研究に、もっと生かされていてよいのだ。)/
私が言いたいのは、「国語」を話題にすれば、その話題は、端的には「文字社会の言語」を中心的話題にしているという強い自覚が必要だということである。人類の非文字社会に根差す「文化」が、国語に濃厚に反映している側面があるが、この点をくみ取れる配慮が必要だと申し上げる。
いま私が、このネット上でたまたま展開中なのが、『世界遺産とは何か?』というコメントである。その世界遺産の中に、最近「北海道・北東北の縄文期遺跡群」が世界遺産に登録されたという話題も登場する。19遺跡が指定されているが、それらは縄文時代1万5000年間といわれるなかの、さすがに古いものでもその半分の年数だが、それでも紀元前3000年前以来とか2000年前以来とかいうのはたくさんある。
何を私は言いたいかと言うと、たとえばヨーロッパを話題にして、メソポタミア・シュメール文化などという最古の文化は、紀元前3000年程度とみられており、その後ヨーロッパ・地中海でギリシャ・ローマ文化が栄えるのは紀元前後であろう。このメソポタミア文字社会が成立し3000年の盛衰を繰り返した同じ時期に、「北海道・北東北縄文遺跡」にみられる「無文字社会」が、農耕ではない形で定住化して、国家を形成することなく、永い長い期間存続していたという人類史上特別の地理的・歴史的状況にあった、そしてそのことを物的に例証する多数の遺跡をいま残しているというわけだ。(人骨もある。)人類史が農耕から始まるというのは、単純な思い込みで、事実は「人類普遍の定説」よりいささか複雑な地理的・歴史的事情を伴うことがもっと人類に理解されてよい。そしてこのようなわが縄文時代研究から得られる知見は、きっと世界の先住民族を研究する手がかりになろう。さしあたり、北米と南米の、マヤ文明とかインカ文明とか、それ以前にありえた多くの先住民社会の研究に役立つような気がする。(そもそも米大陸に現世人類が入った経路は、3万年前ぐらいに、シベリア大陸を経由して入ったとされており、わが北日本に3万5千年--3万年前ぐらいに、シベリアから入ったとされる流れと、交錯している。当時この北辺は陸地がかなりつながっていたのである。)以上を要するに、「無文字社会」の文化(伝統)というものを、現在の人類は評価する必要がある。(まあ、さしあたり、AIさんはこの文化に入るのが不可能か、あるいは極度に困難であろうが。)
次回、コメントを書く時には、最初は、岡野原大輔さん「AI時代だからこそ身につけたい『軸』」という素晴らしい記事を、取り上げることにしたい。
これから当分、こういう毎日が続くのかもしれない。時代が大きくうねりながら、推移しているが、そのうねりを、がつと捉え、人類社会が動いている主体性を示せればいいようなものだが、それがそういうわけにもゆかぬ。/
10/21 今朝の朝日新聞で、目についた記事だけ挙げてみよう。
10/21 朝日新聞デジタル 配信 「日銀総裁に『国債買い入れ』求めた高市首相 アベノミクス回帰の思惑」。/ 高市氏の今の全政治姿勢が、日本昔のおとぎ話に譬えると、「泥の船にのったたぬきさん」だというわけだ。これが現実の今の世の中だとはね。
10/21 朝日新聞デジタル 配信 「(アメリカ中間選挙2026)民主奪還なら...AIブーム反転? 米DC規制に市場注視、日本株も影響」」/ 民主党が勝とうが、共和党が勝とうが、目先の経済情勢に大混乱と大変動がおこることは避けられない、ようだね。これが現実の今の世の中だとはね。
10/21 朝日新聞デジタル 配信 「AIの富『社会に還元』 アンソロビック、失業者支援
マスク氏『全米の子に1株贈る』」/ もうAI時代の社会政策というと、こういう具合の漫画チックなありようしかないのかしらね。テック企業のお恵みで人類が生存するしかなくなるのかしら。マスク氏の持ち株の1%で、全米の子らに各1株贈れるのだそうだ。ただ、この株の贈与はトランプ氏の作った全米大衆向け「投資口座」に加入させるのだそうで、11月の全米選挙をちゃんとにらんでいるんだそうだ。これもていのいい選挙民買収か。これが現実の今の世の中だとはね。
10/21 朝日新聞デジタル 配信 「仏暴動、追い込まれる政権 内相が辞表、検閲デモ禁止令も」/ このフランス各地で起こったという都市の大衆暴動、西欧のいくつかの国でも同様の様相があるというし、どうも謎だね。トランプ氏はフランスが移民問題への対処が悪いからだと批評している由。日本でももっぱらこのトランプ見解を支持する言論しかネットにはない。これが現実の今の世の中だとはね。
世界遺産への取組・第1回
北海学園大学人文学部世界遺産研究班編『世界遺産とは何か?』2020年、同班印刷・刊行、に寄せて、10回程度のコメントとして、掲載します。
この本は、次のように構成されています。
第1章 世界遺産はどのように選ばれるのか。
第2章 縄文遺跡跡を世界遺産にー登録の光と影ー
第3章 世界遺産登録に伴うストーリーの創出と問題点ー「長崎・天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の事例からー
第4章 世界遺産のメタヒストリーー「アイスレーベンとヴィッテンベルクのルターの記念建造物群」ー
第5章 「プランタン=モレトウスの家屋・工房・博物館とその関連施設」から見える世界
第6章 多文化主義社会における「顕著な普遍的価値」ーカナダの世界文化遺産が抱える困難ー
第7章 先住民遺跡観光の現状と課題ーカナダの世界文化遺産が抱える困難ー
第8章 無形文化遺産ー文化を理解し保護する新たな取り組みー
第9章 日本の世界遺産を伝える英語語彙・定型表現ー英語の学びの視点からー
おわりに
執筆者はほとんど、北海学園大学人文学部の先生方です。
ユネスコの世界遺産は、加盟国が自国のしかるべき文化遺産を推薦し、ユネスコのしかるべき審査を経て、世界遺産に認定されるわけです。ユネスコは「人類普遍の価値を有する文化遺産」として認定するわけですが、この認定のありようは本書で詳しく述べられているし、その仕組みを一通り知るためには、日本に他に適当な手に入りやすい文献がないわけではありませんから、コメントは割愛しましょう。
今回はコメントの第1回として、「はじめに」と、「第1章」・「おわりに」を取り上げます。
「はじめに」と、「第1章」・「おわりに」は、論理的には同じ内容のことを、別の筆者がそれぞれの書き方で書いています。内容が重なったことで、論点が強調されたわけだから、それでいいと思いますよ。
「はじめに」では、本書『世界遺産とは何か?』を読む人は、次の三点を常に念頭においてください、としています。
(1) 世界遺産がもつものとされている「顕著な普遍的価値」とはどういう内容のことなのか。
(2) 世界遺産は誰のためのものなのか。
(3) 世界遺産とは観光資源なのか。
この(1)と(2)には、ユネスコ公認の模範解答らしいものがあるわけですね。ところが、(3)の観光資源という「属性」は、ユネスコ当初の模範解答には存在せず、「そういうことを考えるのは、避けがたく、かつ重要だ」とはなるが、なにか吹っ切れが悪いわけです。しかし、文化遺産を提案する各国は、現実には、観光立国のためと、自国の国威発揚のために、この観光資源という「世界遺産の属性」を、強く念頭に置くわけですね。
「第1章」は次のように展開されます。
1. 世界遺産とは何か。
2. 世界遺産活動の基本となるユネスコの平和理念。
3. 世界遺産登録までの長い道のり。
4. 世界遺産の登録を決めるのは誰か。
5. なぜ世界遺産登録を目指すのか。
6. 世界遺産を守るのは誰か。
1から5までの展開は、模範解答的ですね。
筆者がほんとうに言いたいのは、6の論点でしょう。ここでは模範解答も薄弱だ。しかしこの論点がなければ、世界遺産の保護・存続はとうてい図れないではないか。
世界遺産を観光資源として、国も、その遺跡の存在する地方も、保護・存続に努力するでしょう。しかしそれじゃ尻つぼみで、まもなく人が顧みなくなる。大事なのは、この文化遺産を守り、生かす、いろいろの視点を、国も、地方も、意識的に展開することではないでしょうか。この際注意することは、その文化遺産の性質・意義について、実のところではユネスコ公認の普遍的価値とは似て、異なる、数多くの視野がありうることです。それをあえて発掘する努力を意識的にやりなさいと、筆者は薦めているのです。
いま北海道地区では、「北日本」の、「北海道・北東北の縄文遺跡群」が世界遺産に登録されました。この北日本の文化遺産のどういう点が、世界の人類が注目し、観察すべき点なのか、どの時代の世界とかかわるのか、世界のとくにどの地域とどうかかわるのか、これをたいへん具体的な言葉にして、世界の人々に知らせるがよい。大概の人類には寝耳に水の物語なので、「究明」するためにこの北日本の世界文化遺産に関心を寄せるでしょう。そして、その場合、このユニークな「わが縄文文化」は、実は日本列島全体にかかわるのだということを積極的に述べることが、肝要です。
この点、北海道の住民としては、いささか忸怩たる点があることは確かですよ。じつに日本の多くの考古学者すら、「古日本島」(津軽海峡の南側をいいます)中心に考古学を語って、平気でいるのですから、「北日本」という切り方は、日本人の多くにとってすら普段はなじまなかった発想です。もうひとつの「国のまほろば」が北日本に、縄文期1万数千年を念頭に置けば存在したのが現実の歴史だと知っていただくことは、世界遺産の議論の場合には北海道に住むわれわれは、すこし自重しましょうね。うちわもめしていてもしかたがないではありませんか。
大事なことを言い忘れるところだった。
私たち北海道の住民と言う者それ自身が、せいぜいがこの200年ほどの期間に「古日本島」(つまり、いわゆる内地ですよ)から移住してきた者、あるいはその子孫です。それ以前はアイヌ民族が主要な住人だった。わたし自身が60数年前にご当地にやってきた人間です(いまや、家族ぐるみどさんこになり終えた)。私が当地にやってきたとき、私の付き合っていた人々は、いま私が発信しているこの土地を、月寒(つきさっぷ)とちゃんとアイヌ時代の呼び名で呼んでいた。ところが、いまや、「つきさっぷ」と自分の住む場所を呼ぶ人が絶えていない。共に住むアイヌ民族の方々には、たいへんに失敬なことだと、改めて反省します。世界遺産登録の機会に、ひとこと、お詫びしたい。