インフォメーション

2019-10-11 09:32:00
金曜日・曇り・札幌。★台風19号の影響で北海道が全道雨風にさらされるのが、10月13日・日曜日という。この台風は北海道にとって、夏季と冬季を分ける境目になるようだ。★道新1頁「ヨーカ堂全国33店整理」、3頁「総合スーパー窮地」の記事。百貨店不振は以前からだが、スーパーも不振が話題になるようになつた。従来その定着が当然のようにされていたコンビニも、いずれ当然ではなくなろう。その対極に浮かび上がるのが、ネットショッピング。こういう構図は、もう動かせなくなった。ネットをきめ細かく使う工夫を、(あたりまえの提言だが)あらゆる業種が絶えず工夫すべきだろうな。
2019-10-09 16:08:00
司馬遼太郎氏が『坂の上の雲』で、明治中頃まで30数年間登って行った国運が、今度は下がっていった(その果てに敗戦)という図柄を示したが、これを今に例えると、1945年に生まれた「新日本」が30数年で坂を上り詰め、やがて逆落としに国運が下降するという具合になるなあ。そう呟いたら、それと似通った図柄になるデータがあると知人に教えられた。★NHK放送文化研究所・第10回「日本人の意識」調査というものがあったそうだ。1973年から2018年まで5年おきに行われた意識調査で、「日本が一流国だと思うか」にそうだと答える割合が次のように変遷していると。73年・41.0%、78年・46.9%、83年・56.8%、88年・50.2%、93年・49.3%、98年・37.5%、03年・.35.8%、08年・39.3%、13年・54.3%、18年・51.9%。1983年に56.8%にまで上り詰めた「一流国」がその後続落して2003年・35.8%の底を迎える。ところがその後「一流国」がだんだん登って行って、2008年以後50パセント台の高率を取り戻す。★1980年代に国運の最盛期、1990年代にバブル破裂の非運期となるだろうとは、誰もが同様の解釈をするでしょうが、問題は最近2008年以後の国運で、これが高率になるとはどういうことだろう。国民国家経済の発展という要因は乏しくても、国運が上がっていると評価している。この「内実」はいったいどういうことだろう。問だけがあって答えが示しえません。国民個々にいうと、おおきに見解が分かれてくるところではなかろうか。(ご興味がある向きは、原資料を参照してお考えあれ。)
2019-10-09 12:58:00
水曜日・曇り・札幌。★月手取り14万円を12年間続けた人が、「日本終わった」とつぶやいたのに対し、「終わっているのは君だ」とやり返した人がいて、この話題(デイリースポーツ配信)が驚くほど多くのツイートを集めている。いま日本は「終わった」のかどうか、反対に日本は「登っている」のかどうか、国論が真っ二つに分かれている所が、重要な点。いま首相が国民に勧めている憲法談義は、憲法談義に先立って当然にいまの日本の国民国家の状況についてのある程度一致した認識が必要だと思うが、その認識が真っ二つに割れているとすれば、この「割れている」点を真面目に議論しておく必要があろう。 ★この真っ二つに分かれている議論のさなかで、「共通認識」というか「前提認識」となっていると思われる認識がある。それは「今の日本の国民国家が貧乏だ」という認識のようだ。じゃあなにがどう貧乏なのか、この当たり前の点を捉えて、多くの人の共通認識を求めれば、(いわばここでいう貧乏の定義をすれば)、それは日本の国家の財政が、いま、年々の税収では賄えない状態になっている、いうなれば「国家の財政赤字」という現状を指すのではあるまいか。★知っての通り、1950年代、60年代の日本は、健全財政を国是としていた。経済成長によって増加した税収で財政増加を賄うという論法で、財政力を維持していた。たまたま発行する国債も、「これは建設国債なんだから」と何べんも言い訳していた。しかしある時期からこういう財政はもうあり得なくなっている。★現今の財政は、旧来の財政史から見れば、驚天動地のウルトラCをやっている。大量の国債を発行し、その大きな部分を事実上日本銀行が引き受け(買い取り)、日本銀行は株式市場で日本の有力銘柄について少なからぬ割合を買っている。他方日本銀行は、あえて大量の現金を市中に流して、日本経済に景気を呼び込もうとしている。こういう前提の下で、財政だけ見れば「ギリシヤ以下」の貧乏財政を日本という国民国家は現在行っている。★さておのおの。これは「貧乏」ということか。★じつにこの点の議論が、難しいのである。「経済成長による税収増」という議論では片付きようのない「現在」が目の前にある。 ★議論は実に「前提」の段階ですでに難問に突入している。★山本太郎さんなんかは、これを逆手に取って、「何、福祉財源?国債増発で賄えばいいじゃないか」と言う。山本さんに「べらぼうなことをいうな」と言うためには、現今の日本銀行の政策の「合理性」を国民各位に(なんなら一部エリート相手だけでもよろしいが)諄々と説く必要があるぞ。誰かこれができる人はいるのかね。
2019-10-08 18:43:00
1980年代、わたし米国のミシガン大学で2か月ほど調べごとをしていて、毎日大学キャンパスの中で食事していた。そこの日本人社会でこういうことがあった。大学図書館で働いている日本人男性がいる。このひとは独身で、キャンパスの付近でちゃんとした家を借りて生活している。この家の立派さは、日本にいては同じような身分では到底叶えられない立派なものだとその人自身も自画自賛していた。★ところがその人はいま、うつうつと楽しまない。実に何年もの間、その人の給与待遇は変わっていないと嘆く。(最初は驚くほど高給だとおもっていた。)ついつい日常、酒・たばこの分量が多くなる。(日本から見ると、米国社会は、ありとあらゆる酒が大量に、比較的安く売られている。同じくタバコは、いえいえ大量の高級な葉巻が、驚くほど安い。日本との比較でね。)あまりにひどい状況になると、救急車が病院へ運んでゆく。(そういう状況がよくわかる日本人社会は、お互いそうならないようにしようと、日夜話し合っている。)この人の職務は何年いても変わらない。あの広い図書館で、あっちこちに置き去りにしてある本を、手押し車で集めて元の位置に戻す仕事だ。出会う大学生どもに悪態をつきながら、この職務を日夜務める。家に帰ったらうまい酒をがぶ飲みする。★この人が「状況」を変える機会は只一つ。転職することだ。妥当な新給与で転職する機会が、ひょっとすればある。あまり遠いところではなくて、割のいい潜在的ポストがあればそれを朝な夕な伺う。(その反対に、自分の今のポストをとられないように朝な夕な潜在する敵から身を守る。)(私なんぞ風来坊だが、日本人には違いない・日本語教師たるの潜在的可能性がある・そこでいつのまにかそこいら辺の日本語教師が、日夜警戒して私の近くへ観察に来る・イヤな社会だよ。)★広く米国全体を見渡しても、図柄は同じ。そこで数年おきに、車を使って、遠くの州に飄然と転職してゆくのがこの国のあたりまえのありようである。★この光輝く近代国家、これがいい社会と思うか、悪い社会と思うか。★しかし多くの日本人は、やがてはここを切り上げて日本に帰ろうと思う。帰った場所が狭い、こちゃこちゃしたウサギ小屋でも、仕方がない。毎晩バスタブに浸かれればよい。  
2019-10-08 18:10:00
月曜日・雨・札幌。★デイリースポーツが10月7日に配信した記事「堀江貴文氏 12年間勤務で月給14万円『日本終わった』と嘆く会社員に『お前が終わってんだよ』」が、ネット上で大変な数のツイートを集めている。この形で日本という国家が広範に真剣な話題を集めていること自体が、現今の日本の国家的事件ではあるまいか。★長い年月、月の手取り14万円という収入しか得られない会社員が、こういうことでは「日本は終わっている」とつぶやく。このつぶやきに強く反発した堀江貴文氏が、「君が終わっているんだよ」と批評する。これに対する膨大なツイートの中に、ある「大衆知」が動いている。★この場合、日本の国家社会が「経済的には」「貧乏になってきている」という認識が、前提されているように見える。その「貧乏国家社会」が、個々の国民もまた当然に貧乏であるという認識になるのか、いやそのようには議論は直結しない・個々の国民は各自のやり方や工夫で相当の豊かさを得られるはずだという認識になるのか、議論が真っ二つに分かれているのではないか。★そうすると、「工夫」の有り無しが個々の国民の明暗を分けることになる。★目の前の日本の国家社会が、個々人の「工夫」を強く後押しする性質を強めているのではないかと、考える人々がいる一方で、そもそもそういう「工夫」とかをする努力が日常普段みじめに踏みにじられていると感じる人々がいる。★いまの日本の国家社会が、「登っている」のか「墜ちている」のか、自分たちの問題として真面目に考えてみようではないか。<このほうが本当の憲法論議だろう。>
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