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12/27 朝日新聞 1頁 天声人語欄に、執筆者は「最近手書きの手帳を使わなくなった。今年は使ってみたい」と「走り書き」している。/「書く」と言えば、ボールペンと大学ノートを使うが、大学ノートというものを、やや「長い」用途に愛用する習慣は、日本では大正の末・昭和のはじめころ、かららしい。それは万年筆を愛用するということとセットになっていたという。(オフィシャルな筆記は、黒か青のインクて、ペンを使って書いていた。小筆を使って、墨で書く、というオフィシャルな文化が、ベンとインクに移行していったのである。)ボールペンの黒か青を使うというように筆記方法が移行するのは、1960年代だろう。当初の頃のボールペンは、ボールペンをまっすぐに立てて書かなくてはならぬのが、ぎこちなくはあったが、この点はある程度改良されていった。さて、今だが、今の札幌市には、従来普段の使いやすいボールペンをまともに売っている店が大変に稀になってきた。私は白石区の新しくできたイオン店で買っている。ここの文房具はそろいが良い。そして、従来あれほどポピュラーだった大学ノートは、(ボールペンほどではないが)たいへんに店での選択が難しくなった。/私は、手帳ではなく、B5判のノートを月に1冊、日誌もかねて汎用に使っているが、年1回の日記帳というのはやめてしまった。/どうやら現在の時点が、大学ノートとボールペンという「文化」が消滅しつつあるときなのかもしれない。(別の理由からも、そういう「画期」を感じる。文章を書くというさいのツールの「変化」である。続きを書こう。)
12/28 朝日新聞 4頁 編集部がギリシャの思想家ヤヌスさんに会ってまとめた記事。
いわゆる「テクノ封建制」の談話。
ところが、このようなまとめ方だと、資本主義の体制をとっている限りは、現在は米国が世界で圧倒的な勢力をほこる「テクノ封建制」が、世界を支配するしかない。しかし、現に中国が「テクノ封建制」で、米国に対抗した独自性を発揮しているところから見ると、政治的に共産主義の全体主義であることが、そのような中国の能力を説明するように見える。だから、ファシズム的全体主義体制をとることが、資本主義社会では米国の「テクノ封建制」に対抗する自国の「テクノ封建制」を築きうる条件ではないか。
こういう具合に読めてしまう。
このような恐ろしい議論の可能性に、「未然に」、フランス人エマニュエル・トッド氏は備えている。トッド氏は「直系家族型」のネーションの将来のありように異常に深い関心をもつているが、EUの将来、隣国ドイツの政治の帰趨を大変に顧慮していることを隠さない。確かに社会表面では現在ドイツの「ナチズム・アレルギー」は相当に徹底したものだ。ところが社会的下層の意識では、ドイツが将来ヨーロッパを席巻して「ファシズム国家」として勃興する強力な前兆をみせていると「深く顧慮」しているのである。(だから翻って同じく直系家族型のネーションである日本の将来の帰趨に、トッド氏は強い関心を持っているのだ。) 私はいまこの議論をしたくない。ただ、ここでも、火のないところにやはり煙は立たないのだ。
12/25 朝日新聞 1-2頁に、今日は人類科学最近百年の歴史を回顧する大きな特集記事を載せている。どうやら最近の朝日新聞は、意図的に、最近1世紀程度の長期にわたる時代を、「いま反省・回顧すべき1世紀」という理解で、具体的に、さまざまの切り口を入れて、包括的に回顧しているようだ。まことに結構な企画だと思う。めっぽう抽象的な内容ばかりあげつらうよりはよほど生産的だろう。わたしのほうも、まったく個人的に、感想などを述べてこの企画を支持したいとおもう。/今日の科学百年史は、量子力学から説き起こし、量子コンピューターで結ぶという結構だ。科学の発達による人間の「賢さ」の発達が、果たして人間の「幸福」にはどの程度つながったのだろうか、という反省が軸になつているようだ。/私の反応は過去30年ぐらいの話で、1980年代に日本でもワープロの実用化ということがあった思い出がある。せっかくこのようなワープロという、それ以前のガリ版よりははるかにましな道具が実用化したのに、だから個人がそういう印刷物を作って身近の人々に配布することがはるかに手際よく、かつみばえよくできるようになつたのに、さまざまの文集を作って配布するという私人の行動は逆に少なくなったように感じられる。私は当時トスワードという東芝の優れた機械を(当時のお金で65万円したよ)せっかく買ったくせに、思いのほどは活躍させなかった悔恨の記憶がある。/今のネット当然の時代に、私はこのヤフーネットに時々書く程度にしかネットを生かしていない。/AIによる検索利用の「創造的活動」とかで、たいへんに都合のいい仕事ができるらしいとは聞き知っているが、私は自分が考える話題をさっそくAIとかに聞いて、AIがどういうまとまった、それらしい答えを出すのかということには、どういうわけかさっぱり興味が向かわない。「自分の力で考える楽しみ」を大事にしたいのである。べつに、完全にAIを排除しようとか、そういうことではない。「翻訳」なんか、使ってみてもいいとは思うよ。
年末、トランプの無法への逆風がこれから起こってゆく前躯かもしれない。12/25 飯塚真紀子氏配信。シカゴで移民取り締まりの混乱が起こっているから、と称して、トランプ大統領が下した州兵をシカゴに派遣する命令に、シカゴ市当局が抗議して、トランプの命令にたいする差し止め要請を提訴していたものが、保守派判事が大多数を占める最高裁で差し止め是と判定された。/この手の暴挙をトランプ氏は再三繰り返していたが、もうこの辺でまっとうな法秩序を米国に回復しようという気分に、最高裁がなったのであろう。