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2019-05-07 22:34:00
もう連休も終わった。たまたま連休をきっかけに(というか、連休中の平成回顧ブームに紛れて)始まったこの「コンピュータ通信の頃」。ここいらで一度閉じておこう。★コンピュータ言語と言えば「ベーシック」しかなかった時代が懐かしい。いくつかのルーチンを機械語にしたりして、結構プログラムを働かせていた。★「こういうことにはすぐ限界がくるんだ」と盛んに言われ、そして事実上あちこちですぐ限界が現れてきた。そういう幼い環境のもとで、大きな論理はよく理解していた。そして夢だけは、とんでもなく遠くに飛ばしていた。★ハードが発達していなかったのが、ソフト技術足踏みの原因だったとは、今なら容易にわかる。★欧米はアルファベットだけで情報の基本が完結するのに、日本の場合、アルファベットにカタカナ50音を対比して一応情報の基本としても、万葉集じゃあるまいし、これでは内輪でさえ不便で仕方がない。漢字仮名交じり文が日本語の基本である。その漢字を、四苦八苦してモニター画面に出したときの喜び、曲りなりに漢字が印刷できた時の喜び、当時なにものにも代えがたくおもった。そしてまさに漢字仮名交じり文なるがゆえに、日本語ワープロで仮名により打ち込んだ文を正式の漢字仮名交じり文に変換する苦しみ。(これは、今日に至るまで、ワープロ変換のアルゴリズムなど、ろくなレベルに達していないのじゃないの?データを蓄積し、慣用を生かすというレベルを超えないのじゃないの。)★さてこそは、欧文インターネットが開いている大海と、漢字仮名交じり文が生きている小宇宙(これが、われわれの、現在生きているインターネットの「万葉の」池だよ)との恐るべき格差は、だんだん無限に開きつつある。★せめて、こういう自覚だけは、忘れないようにしようね。かといっていまEUのように、「アジアの共通言語を英語にしよう」という気もないがね。こうもいいたくなる「焦り」は、それまで忘れてしまったら、われらはただのお山の大将であろう。
2019-05-07 09:27:00
今日(5月7日)東洋経済配信で、「夢のセカンドハウスは老後破綻を招きかねない」という記事がネットに載っていた。八が岳の麓で、「お気に入り物件」安い価格で手に入るのを見つけ、セカンドハウスとして買うことを検討した。しかし10年のような長期で考えると持つことに不安があり、やめたという記事。★わたし、この記事眺めて思った。当館アイランドコーポの1室を(むろん2室でも3室でもいいが)「夏だけ住む」ということで契約すれば、「月額2万円」のご負担であなたのセカンドハウスを維持できますよ、と申し上げたい。★夏(5月中旬から10月中旬まで)のうち毎年3か月以上居住し、冬季ご不在中は当方で管理しましょう(その間誰にも使わせません。むろん私どもも使わない)。ご不在中管理費無償。(すでにこの考え方で実際にお貸ししていますよ。)★夏は札幌で過ごし、冬は九州か沖縄で過ごすというセカンドライフも、もし九州か沖縄に当館と似たような条件の建物があれば、可能ではありませんか。年を3つか、4つに分け、住む場所を全国に(いや、ひょっとして全世界に)広げて考えれば、実に驚くべき(退屈しない)人生になりますよ。★もし全国(全世界)で、当館と似た発想の建物のオーナーがいたら、「協定」の話あいをしませんか。★逆に札幌を冬季間使うという発想も成り立ちます。ウインタースポーツ、ウインターライフのために札幌中心に人生を使うという発想です。人生は一度しかありませんよ。いかがでしょうか。
2019-05-07 09:10:00
火曜日・曇・札幌。十連休が昨日で終わった。連休中にできなかったこまごまとした業務が、たくさん溜まっている。
2019-05-06 09:07:00
月曜日・曇・札幌。十連休の最終日。病院へ行けなかったこと、銀行取引ができなかったこと、取引先がたいてい休みだったこと、連休中は生活が麻痺しているようなもので、まさに強制休暇。まあ骨休めにはなつた。一度だけ外食した。★ロッテ対日本ハム。午後2時。ゾーゾー球場。テレビNHK。ラジオHBC、S.T.V。連休中の救いは、日本ハムの試合が見やすかったこと。
2019-05-05 09:38:00
1980年代末、ワードスター紹介の頃。はからずも「英文とコンピュータ」という関わりが増えた。在道外人英語教師たちとのかかわりも増えた。★英語教育との関係で、どんなソフトを導入するのかという相談で、もめた話題があった。★私がワードスターの導入をお勧めしているのに対して、担当外人と担当日本人は、いま「ターボパスカル」を入れてあるので、それでいいではないかという。「あのね。コンピュータ・プログラムを書くだけの能しかそのソフトにはないんですよ。それは英文を書くソフトではないんですよ」と私。★ある1枚のページに生徒が入力した英文テクストの誤りをチェックするソフトの導入にも私はいちゃもんをつけたが、私の感覚の中には、アメリカ現地で会った「現地英語教師」たちの、私から見れば神業のような英語能力が思い出の中にある。この人たちはさつと見たとたんにミスをすぐに見つけるのだ。(日本にいるアメリカ人英語教師の英語能力は、どれほどまともなものなのだろうか、という「けしからぬ」疑いをすでに持ってしまっている。)英語のありようについてアメリカ人と議論するというのは、いささか思い上がった言動ではあった。★当時は日本伝統の英文タイプライター教育が、英文科や短大英文科から続々と解消されつつあり、他方でそれに代わる「英文を綴り、書く」技術的教育が空虚になっているという過渡期。★日本語ワープロというものが、ようやく発展し始めたが、私は東芝のトスワードという素晴らしい(当時はそう思えた)機械を65万円も出して買った(職場で私ともう一人しか、こんな高い機械を買わなかった)が、3年ほどこれを使った。その後日本語ワープロは続々と安価になり、使い勝手もよくなった。(しかし英文ワープロが必要だという発想は、日本語ワープロ全盛期に、ほとんど誰にもないのである。)★当時札幌は、札幌駅のそばにあるツクモ電機という店が「パソコン文明のメッカ」のようなものだった。子供も大人も何かあるとその店に行った。(ただ、いま回顧すると、札幌で一向に発達しなかった分野がひとつある。日本語処理である。バソコン上のすぐれた日本語処理ソフトは、すべて札幌以外の土地の産である。そもそも言語処理という根本の発想が欠けていた。)
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