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2022-06-22 11:32:00

D・デイラード『J‣М・ケインズの経済学』東洋経済新報社、1973年/1989年。これはたいへんわかりやすく「ケインズ経済学」を説明していて、ためになりそうだ。もっとも、「わかりやすい」というのは相対的な言い方で、なおかつ読み進むのには努力がいる。たった200円で入手。そして、岩田規久男『日銀日記』筑摩書房、2018年。日本銀行副総裁として「異次元緩和」「2パーセントのインフレ・ターゲット」政策を黒田総裁を補佐して励行してきた人で、かつ、教育者として「正確にわかりやすく」教える立場の人だったから、じつに綿密に「事態」を説いている。この問題についての得難い解説書であろうと感じた。むろん「わかりやすい」というのは、努力しないで読み進められるということではない。こちらは、ブックオフとしては「異例」に高い700円で買ったが、これに匹敵する本は少なかろう。*ただ、あえて言っておくが、この岩田氏の立場はいってみれば江戸時代の朱子学の正しさだ。現在の社会を資本主義社会として維持・存続するのがこの議論の大前提で、そういうなら、じつにケインズ経済学の「正しさ」も同様だ、しかり、岩田氏が説く議論はケインズ経済学を当然の下敷きにしている。(むろん一般理論そのままということはない)だから、ここに陽明学的態度が現れれば、それとは直には対応するものではない。*もし資本主義の構えの中に重要な変化が加わったらどうなる。もし宇沢弘文『社会的共通資本』岩波新書、2000/2021年、(この本は定価で買った)のような公共性を資本主義に強く付与したらどうなる。さて、小坂直人『経済学にとって公共性とはなにか』日本経済評論社、2013、に人々は「公共性」をどう考えいるのかと問うなら、(この本は220円で入手)第1章から第3章まで、たいへんバラエティに富んだ(とうてい一筋縄ではない)意味で今の社会がこれを語っているのを発見する。「このようにいろいろな意味がある」ことを提示されたこと自体が素晴らしい手柄だとおもう。なんとかなり多くの人々が、企業が存続していることそのこと自体を「公共性」だと思っているようなのだ。*ケインズは古典派経済学批判を行ったが、古典派はいうなれば「小生産者社会」を想定しているがゆえに、「社会主義的なもの」も社会の中に想定しうるという「ゆるさ」がある。しかしケインズにはそういう「ゆるさ」はない。私が「現代の朱子学」とあだ名するゆえんである。*さてそれにしても、どの派でもよろしい、気候変動をどう処理するのか。*参議院選が今日公示されたので、しばらく言論に制限を受けることになろう。