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2018-07-10 22:25:00
思い起こせば私にも、道新記者になる機会があった。その機会は一瞬にして去ったが。★昔、大学を卒業するころ、道新記者の就職案内が大学に出ていた。私はそれに応募した。当時は自衛隊憲法違反の伊達判決が出た時で、いろいろ新聞を見比べても北海道新聞の取材・報道態度が抜群に良かった。(いまも、なかなかいいよ。)「学内選考」というのがあって、候補者が多く出た場合に大学が推薦者を決めるのである。確か応募者が3人いたが、そのなかで私の学業成績が一番悪くて、「君は遠慮しろ」と厚生補導課で申し渡された。つまり応募はしたのだが、大学の推薦に入らないので諦めた次第だ。(名前は忘れたが、私ではなくて、推薦されて道新を受けた者は、さぞや立派な記者になったであろう(と期待する。)★そのとき立ち去りかけた私に、大学の職員が、「君、新聞社ならもう一つ来ているよ。こっちではどうか」と言われた。それが「北海タイムス」である。名前も聞いたことがない新聞だからと、断った。★その後機縁があって北海道にやってきたが、札幌市大通りのタイムス食堂という大きな、安い食堂があって、そこで時々昼食を食べた。そして思った。あのとき北海タイムスの話を受けていたら、今頃毎日ここで食事するようになっていたんだなと。人生はなんかのきつかけであちこち転がってゆくものなんだろうな。★それにしても、たまに、もし私が新聞記者になっていたら(ということは、道新記者になっていたらということだが)、と思わぬでもない。この話、また時間があったら書く。自分にあり得たかもしれない別の人生を空想するのも、ときには一興。