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2016-09-05 20:19:00
小西甚一『古文の読解』第1章「むかしの暮らし」・「寝殿づくりのウソ」。★ この箇所で小西さんが指摘している「平安朝のものとして描かれた寝殿づくりの図のウソ」というのは、江戸時代の国学者沢田名垂(なたり)の著『家屋雑考』に描かれていた寝殿造りの図(想定図)が、部分的には間違っていたという話である。小西さんがいうのは、寝殿作りの泉殿(いずみどの)とは「井戸を伴う建物」なので、これは決して池の上にはない。(私はこれを書くために三省堂『古語辞典』の642頁、寝殿造り読解のために、をみた) さあそこまではよくても、それなら「泉殿」は一体どこにあればいいのか。井戸さえあればどこにあってもいいということなのか。『古語辞典』をあちこちながめたが、ついに泉殿(いづみどの・旧かなではこうかく)の所在がわからない。池の上に出ているのは、釣殿(つりどの)だけだというのだ。★ ここでの例文 「今は長雨がちなり。しづやかに降りくらす日、時鳥(ほととぎす)かすかに鳴きわたり、月ほのかに見えたり。三ところながら、しづかに弾きあはせたまへる、いとおもしろし。こなたかなたの人は、泉殿に出でて聞く。」(宇津保物語・楼の上・下巻) ここに泉殿が出てくる。確かにこの泉殿が池の上に出ている場所だとしたほうが「それらしくなる」ところだが、そうではないというのだ。★ なおここで「おもしろし」ということばは、interesting ではなくて、wonderful という趣意だと、小西さんは親切な注を付けている。「三ところ」は、三人ということ。つまり(琴の)三人での合奏。