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2016-07-30 16:24:00
大江健三郎「小説の経験」朝日学芸文庫、1998年に、『戦争と平和』の道化者 という一編があります。大江は自分が『戦争と平和』を愛読する過程で、自然に身に着けたのが、この小説の主な登場人物「ピェール・ベズーホフ」を作中全編にわたる「道化」と呼んで辿る読み方です。「もっともふつうの道化ではない。どこか並はずれたところのある道化です。」(88ページ)ピェールはいろいろの経験をします。作品の最後のほうで、いまはピエールの妻になっているナターシャは、夫を次のように思います。「いったいこんなに偉い、世の中のために必要な人が、同時に自分の夫だなんて、まあ本当なのかしら?どうしてそんなふうになったのかしら?」(89)このあと2パラグラフ引用しましょう。 「道化者、道化という役割は、伝統的なイタリア演劇のアルレッキーノがその代表格ですが、ヨーロッパ文化のなかに深く根をおろしています。さらに世界の様ざまな地方の民話的な伝承の中にも、独自の生きいきとした働きを示していることが報告されています。この道化の文化的な役割をわが国で広く知らしめたのは文化人類学者山口昌男でした。かれはアメリカ・インディアンやアフリカの先住民の民話の中から、道化の原型としてトリックスターという神話的人物像を取り出しています。」(89-90) 「トリックスターは、その属している部族や社会の慣習になじまない道化者で、つねにいたずらや破壊、挑戦をくりかえします。強いものとやりあって、かしこい戦略で勝つかと思えば、弱いもの相手にたわいもなく負けてしまいます。ところがこのトリックスターのふるまいのあとをたどってみると、部族や社会にそれまで知られなかった新しい知恵がもたらされているのです。そして最後にトリックスターのやることは、この地上での仕事をすべておえて天上に昇っていくことです。」(90) むろんこのような面影は、『坊ちゃん』、『ハックルベリー・フインの冒険』にもみられるところだが、大江氏は『戦争と平和』の読みにとくに投影してみるわけです。 これは独特の概念で、分析しすぎることを嫌う趣があります。故山口昌男先生のいくつかの著作まで援用してゆくと、「分析しすぎることを嫌う」とする心もお分かりいただけましょう。 私はパリーグの現在2位で戦っている日本ハムファイターズにあえてこの称を差し上げ、その試合ぶりを日夜楽しませていただいているわけです。さあ、ミラクルの達成だ。