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2016-02-29 22:52:00

2016年2月29日月曜日、午後11時、札幌の天候、続。午後、各家庭は、これまで積もった水っぽい積雪の除雪に追われた。ヤフーのお天気情報では、今晩夜半から明日朝まで、札幌は滅多にない吹雪に見舞われるかもしれないと。

マイナス金利の天気予報。現在の経済の現実に軸になっている株式会社についての論議が続いている。

前回は、奥村 宏、法人資本主議論を紹介した。この問題を議論するものは必ず奥村説についてまず徹底した学習が必要だろう。

ところで、この奥村・法人資本主義論は、経済学とのかかわりを拒絶している。

そのこと自体は、わからぬでもない。

近代経済学のマクロ経済学は、その中軸に位置している「企業」の性質をまったく「ブラックボックス」のままにして議論している。これではとても現実的な議論はできない。

マルクス経済学は、「企業の規模の大きさ」、「企業の生産力の発達」を、まるで錦の御旗のように、その価値を信じきっている。規模だけが、生産力だけが、絶対的な価値ではあるまいに。「独占」を議論すればすっかり「独占」ばかりの議論をしたがる。

こういう経済学が、現実にかかわれるものかどうか、奥村さんはきっと嫌悪感をもたれるのだ。私は、この点では奥村さんを支持する者である。

しかし、まったく経済学とかかわりなしに、議論を進められるものなのかどうか。

仮に株式会社が奥村さんのいわれるような「まともな」性質のものでありさえすれば、それで経済社会はうまく立ち行くものとおもわれますか。

19世紀のイギリス資本主義の場合には、地主階級が「社会の調整者」としてふるまっていましたね。経済社会がいわゆる「資本主義経済の自律性」を持ちえたとしても、その上に社会の調整という議論があります。地主階級のような「調整者」がいたから、19世紀のイギリス国家は「自由放任」と嘯いておれたのではありませんか。(しかし20世紀にはそういう条件はないんですよ)