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10/11 10:22 47NEWS 配信 「広中先生のおかげで代数幾何をやろうと思った 数学界のノーベル賞、続く日本人受賞者の森 重文さんに聞く人物像とは...」。/内容は、森先生の、恩師広中先生追悼文で、森先生がどのように広中先生に学んだかということが、語られている。コメント8通ついていた。/
私は数学者でもなんでもない。むしろ文科系で、数学劣等生であった。しかし思うところあってここに感想を述べる。/
森先生はこう述べている。「代数幾何っていうのは方程式の解を研究する学問で、方程式というものは変数が出てくるのでデジタルですよね。その解というのはある意味で絵を書くのでアナログです。つまりアナログなものをデジタルで研究する学問ともいえます。」そして森先生は言う。「絵から入るので好きでした。」/次記以降は、私の個人的感想です。//
私が高校1年生の時、数学は、「代数」と「幾何」だった。ところが卒業するまでに、「解析1」「解析2」となり、幾何はなくなって「解析幾何」と言われるようになった。大学受験の時には「幾何」という受験科目はもはや存在しなかった。
私は「幾何」が好きで(うまく解けたから好きなのではなく、一向に正解がわからないが好きだった)、藤森という人の『幾何学考え方教室』という古い本を図書館で見つけて、さかんにいじっていた(でっぱつ点とか、式は小分けに図は小分けにとか、つぶやいていた口である)。
縁あって後年、高校数学教師を妻にしたが、妻が好きだったのも「幾何」だったそうで、「補助線をさっと引く」ことが正解に至るポイントだという快感があったという。/
どうせAIは「代数幾何」というデジタル仕掛けで説いてゆくんだろうが、この森先生が指摘されるアナログ仕掛けも、これはこれで大変に貴重な手順ではなかろうか。特に初等教育で、「幾何」というアナログ教育を、維持していてはいけないのだろうか。//この文章で森先生は、アナログにたいへん思い入れがおありだ。ところがこの文についたコメントでは、このアナログ仕掛けに触れる人は一人もいない。//
数学に詳しい人のご意見を聞きたい。私は、AIの「横暴」に人類がどう抵抗するか、という話題としてこれを書いているのです。私は、場違いなことをいっているのでしょうか。
私は、大学1年時、一般教養の科目としての「数学」で、蟻坂という先生の講義を1年間聞いた。もともと私の数学の学力がそう高いものではなかったから、講義の趣旨を私が十分把握できたとは思わないが、この先生は、1年間、ヒルベルト氏の現代数学を話題にし、ポイントは、過去2000年間存続していたユークリッド幾何学の、軸ともいうべき公理が、ここに相対化されることになった、という議論である。
人類はそれまで、幾何の概念を、いわばもっぱら空間的には平面と把握していたから、立体的把握を認識に含めてゆくなら、平面ではなりたたないことを一般的な幾何の原理とはできないだろうと、当時の私の幼い頭脳は「納得」していた。代数的にいうなら、平面が「二次」なら、立体は「三次」。立体の次元が一層複雑になれば、これを「数次元」と理解して、空間を代数式で認知してゆくことになる。それも仕方がなかろうと。
しかし生きて呼吸し、活動している人体の現実からいうと、空間を普通は平面と理解し、特殊の時にのみ立体(ないしはやや高次の立体)と理解するのは、なんら不思議なことではない。人間が人体の自然から離れていない限り、人体全体は空間を平面をほとんどとするものと理解し、しかし人間の脳の中では空間は一般的には「数次元」存在しうるものと理解する、のになんの不思議があろうか。
これをもっぱら複数次元なりと決めてしまうのは、脳のみが存在するものである、と宣言するような「極端」であろう。
こういう理屈がとおれば、数学が二種類あつてもいいではないか。ひとつは「人体」向き、もう一つが「脳専用」の高等数学。昔の「幾何」は「人体」向きの、平面空間中心の数学。
こういう発想なら、今後ぞろぞろと数種の難問が解決してゆくだろう。「脳」さん向きには、電卓が発達してきたが、「人体」向きにはソロバンがぴったりじゃないの(ついでに、暗算も達者になる)。かえりみればわが初等教育は伝統的に「よみ、かき、そろばん」であった。小学生がこれで、いいじゃないの。(ついでに、書道も注目してね。)
なんなら、社会の教育も、二種類にしたらどうか。ひとつ、一般人向け、普通の教育。もう一つ、最先端AIのエキスパートを育てるAI教育。両者は必要に応じて、混交したらよい。そして国家の行う無償教育はもっぱら、普通の教育のみとしたらよい。(そうしたら、今に世界に冠たるAI私立学校が、日本にたくさんあらわれるだろうさ。この私立学校はもっぱら寄付・喜捨を主財源として成り立つ学校だ。きっとAIが、自分の学校でもあるから、懸命に財源を募るだろうよ。)
10/11 11:30 ギズモードジャパン 配信記事 「AIブームに地域住民が『待った』。2000億ドルのデータセンター建設計画が足止め」。/AI経済発展に伴う「負担・犠牲」を誰が引き受けることになるのか、という当然の論点。単純に「経済発展の利益が地元経済を発展させ、地元住民に十分に報いるのかどうか、わからぬ」ままの建設計画ありきは、お断りという話である。米国では、概して地方の住民にみられる強硬な反対で、すでに巨額の計画が挫折しており、他方でトランプ氏の政府が強硬に推進していることと(共和党が多くは支持勢力に回っている)、地方の強硬な反対運動(多くは民主党が反対勢力に回っている)という政治的構図が、今回の11月の米国の選挙戦にすっかり重なっている由。//
そこへゆくと今の北海道の「政治・経済談義」は、のんきだなあと思う。単純に経済発展だという議論ではないことは、よくわきまえねばならぬ。道民は主張すべきは十分に主張すべし。ディールでも、駆け引きでも、十分に住民はしたらよい。「体制」側のお話は、あまりにもロマンチックな、お話だ。せめていま懸案になっている北海道の地域的維持の諸問題を十二分に比較・秤量に加えるがよい。単純にAI発展を政論にしているという程度の政治家を「大成」させてどうする⁇
いまトランプ氏は、あまりにも無節操な、「今だけバランスを取ればよい」という乱暴な政治手段を頻発しているようだ。目下の政治地図では軽油の供給が悪くて軽油価格が高騰して民衆の不満を呼ぶから、急遽ロシアのプーチン氏と取引して、ロシアから軽油を大量に安価に供給させようと。(いったいどうやつてこういう手品ができるのかというと、他方で米国特使をロシアに派遣して、「ウクライナがロシア国内のエネルギー源をドロン攻撃することを制止する」という話し合いをしているらしい、と。)それを知ったウクライナ大統領が、怒って、「米国のそういう無節操な駆け引き」を暴露するというありさま。正気の沙汰ではないな。/米国はイランを制裁・攻撃することを決してやらないのではないが、ただ、いま11月の選挙を控えているから、そういうことは「いまはやらない」で選挙後にやるんだとか、めちゃくちゃな、その日暮らしの政治を、毎日行っているありさま。いよいよ11月が迫ってきた。
10/11 今朝の朝日新聞から、関連話題をふたつ得た。
ひとつは、「声」欄に載った「AIのリスク ひとごとではない」という投書である。孤独な人が、話し相手をAIに求めて、AIに語り掛けると、AIはちゃんと返事をしてくる。自分の寂しさを埋め合わせてくれて、「人間顔負けの慰め」をしてくれる。「しかし」とこの投書氏はいう、「これって、悪名高いかのオレオレ詐欺の前段階と同じことが起こっているのじゃないか」。/おれおれ詐欺に対する「対策」として社会的に「推奨」されている「行動」は、ネット上の姿の見えない相手との「めんめんとした話し合い」から放れて、家族なり、友人なり、知人なり、現実の人間とも相談すれば、「ネット上の人物」が企画する物語から逃れる機会が得られよう、というのだ。/それは、現実の人々の意見や態度はまちまちで、互いに矛盾していることも再々あり、一本鎗に参考になることはないかもしれない。しかしなお迷い多き知己の人々と話し合いながら生きるのが、人知というものだろう。//
最たるケースは、「ロマンス詐欺」だと、書いている。そうさなあ、寂しい人が、たまたま(いや、意図的に仕組まれていたわけなのだが)、ネット上で恋愛らしきことを始めると、それを「知己と話し合う」気にはなりにくいかもしれぬ。/それにネット上ではなくとも、「ロマンス詐欺」的な状況は社会的つきあいの至る場面に存在しており、そういう「ロマンス」が起こった場合、なかなか親にも相談しないわな。社会の「悪習」とでもいうのか、「ロマンス」を売り物にする商売がいたるところに存在し、「そういうところ」に毎晩行ってみないと「寂しい」人々もたくさんいる。極言すれば一個の時代の文化みたいにもなっている、ね。(いわゆる悪所がさ)ひどい話は、正規の結婚そのものが、実は「...」の擬態だった、ということになると、何おかいわんやたが。(しかし幸い、すべてがそうだというわけではない。)それだけAIにもつけこまれやすい場面だというわけだ。/
AI横暴への抵抗というものが、容易ならぬことだと、人知は、よく自覚しておくほうがよい。この「抵抗」は、けっしてオールマイティとは言えないので。
もうひとつの話題は、単純だ。中央公論が11月号に「国語こそ最強の教養」という特集を組んだという広告が載っていたという指摘だ。ここで「最強の教養」という言い方をしているのは、「AIに対抗するためには」という意図だ。「AIに対抗するためには、国語(日本語)こそ最強の教養」ということらしい。そして「語る」国語ではなく、「読む」国語、「書く」国語が、特に指摘されている。とうとう日本の雑誌が、AIに人類が対抗する作戦に、サブカル的統一見解を示した、という大きな記念碑であろう。
あるいは少し先回りになるかもしれないが、少しばかり付言しておきたい。
1.「国語」としたが、日本人が日本語(国語)を話題にするのは当然のことである。さて、この話は、他の国民には通用するかな。通用するとして、どの程度かな。(国民的に異なる、国語特質を、問題にする)私見では、「AIに対抗する国語」として、日本語はプラスの意味で、たいへんに独特であり、有利である。(他の国語はかならずしもそうではない。)つまり、この議論は、国民によってちがってくる可能性が強い。
2. 「国語」の「読む」国語、「書く」国語という特徴に注目した。そのさい「話す・聞く」ほうは、どういう扱いなのかね。無視するの?関連するの?
3. 日本語は、読み書きする言葉としては、「漢字仮名交じり文」という特有の性質のものだよね。漢字はもともと中国の文字だ。「かな」というのは、漢字の受容に際して、太古の日本が示した知恵だ。そして同じ状況が朝鮮半島でも起こったわけだか、そこではどうなった?1に述べた、各国の「国語」というとき、根拠が似ている日本、朝鮮、中国の「国語比較」は、格段の注意を要することになろう。まあ、以上は、「国語」という教養のまさに胆(きも)のようなものだから、国語を学べば当然に行き着く議論だとおっしゃれば、そのとおりだか。まあそこまで自信をおもちなら、「発音」「発声」「イントネーション」も問題にしていただこう。ナニ、どうしてイントネーションまで出てくるの?って。中国語の「四声」というのは、あれはイントネーションじゃないのかね。「国語比較」と言っているよ。
この程度にとどめます。
今年のノーベル平和賞が、ICC(国際刑事裁判所判事)の経歴のある人に降りたことで、トランプは、なぜノーベル賞を私にくれないのだ、と学童すら首をかしげる奇妙な言動をした。それだけでない、ICCという組織そのものをトランプ・アメリカが制裁の対象とする宣言を行った。きちがいじみた行動だが、こんな人物が合衆国の最高指導者なのである。/今日10/11の新聞は、日本がICCを擁護するという世論を展開している。国際的にはG7がICC擁護の声明をおこなっており、日本はICC加盟国で、現ICCの所長に赤根氏を出している。(これでICCを日本が支持しないというのでは、まことに不思議なことにならないか。それは、日米安保体制というものがあるし、さきに高市首相がトランプに会った時には、「ドナルド、あなたは最高」とか「あなたをノーベル平和賞候補に推してもよい」ようなことを述べるとか、さかんに外交上のリップサービスを振りまいた。それにしても国是を変更できるものではない。外相茂木氏がアメリカとICCの間の「あつれき」を仲介すべく行動しているが、こういう微妙な行動がとれるのが国際的にはたぶん日本一国だけだろう。さあどうおさまる?)//
もう過去になってしまったが、10/10金曜日の新聞紙面は、「AIよいしょ」のオンパレードであったね。「2026年から2030年にかけての5年間に、世界のAI(人工知能)投資は、5兆ドル・すなわち1300兆円にのぼる」という記事を筆頭に、これでAI時代の到来が確定的だという大号令をあらゆる文化領域に主張する勢いである。/地方人にもそれがよくわかるように大きく主張されているのは、これからAI投資・AI経済が、経済成長の圧倒的中心になるのだから、経済的関心をAIに集中せよ、という「経済成長談義」だ。/でもね。ことは単純ではなかろうよ。そもそも北海道に「AI拠点」を置こうというのは、第一に北海道の水力、北海道の電力が欲しいからだ(それにしても、水力、電力は、民生上の中心資源だよ)。ラピダスなどの発展は、それが地元道民の生活上の経済に直接つながるというよりは、その需要は、どこか遠くの方の「AI企業」のものだ(たとえばイーロンマスク氏の事業とかね)。そういう意味では私たち北海道人も一種の「ダブルスタンダード」の中にいることをよく自覚すべきだ。発展、発展と言うが、たんに「発展」ではないのだ・裏側に「衰退」ともなっているのだ。/AIさんに対して、どうしても譲れないことは、よく見定めて、抵抗するしかない。
10/8 19:08 日テレ ニュース 配信 「防災庁の地方機関『防災局』 来夏に設置場所決定の方針 46自治体など誘致に名乗り」。/防災庁(政府機関)は11月2日に設置と決まっている。その地方機関「防災局」を地方に置く予定だという。日本海溝、千島海溝沿いと南海トラフの巨大地震への備えの強化が狙いで、日本の東と西に2か所以上というのが腹案だという。/東は北海道、西は関東というのが、最初に思いつく地方名ではなかろうか。//
なお、10/7に、国の視察団が千葉県の豪雨地視察に行ったということだ。災害時の情報伝達の問題点が、視察の主な目的だとの由。//