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香取さんという記者がまとめられた「環境法廷」は、内容的には生削りだが、私たちが今注目すべき重要な論点を正面から提示しているので、たいへんに参考になる。/ 「環境法廷」という題の趣旨は、いま世界中のいろいろな国の国内法廷が、「自然の権利(ここで自然とは、地球そのもの、川や動物や、に「存在し、存続する権利」があるとみている)」を擁護する法廷提訴を受け付け、審議している、ということだ。// ここで議論の課題たらざるをえない話題は、「自然の権利」は、「人間の権利」とは、論理的にどういうかかわりになつてゆくのか、という点であろう。もしも人間の権利が絶対的なものであれば、「自然の権利」が手放しでは主張できないことになる。(絶対の「人間の権利」という「普遍の前提」が設定されてしまえば、「自然の権利」という主張がぼけてきはしないか。)西欧には近代以降「絶対的な人間の権利」というイデオロギーが成立したので(最近それへの反省が迫られているが)このGLOBE特集も認める通り、環境法廷の事例はいま世界的だが、西欧諸国に限ればその実例は極めて乏しいのである。私は現時点は、人間の権利の絶対性が反省されて、自然の権利と人間の権利は並び行われているものと理解する。(この話、イデオロギー的には根深いものがあるよ。たとえば、大概のクリスチャンは、日本人が朝日を拝む自然の行為を、「日本的自然崇拝」と呼んで批判の種にする。太陽に感謝して手を合わせて、なにがおかしいかね。)/ 人類の環境破壊が近年目立つので、世界的に、地球の環境をまもる活動が一般化している。環境保護は国際的な常識になっており、まさに国際法がそのような保護活動を認める状況になっている。(しかし、一歩下がって考えてみよ。この国際的環境保護活動は、「人間の権利」を結局は強く損なうものだから、という認識で行ってはいないかね。結局は人権侵害だからだと。)そういうわけでGLOBEは、人権侵害すなわち次世代の人類の人権を侵害している、という具合に議論を運んでいる。//香取さん、折をみて、この問題全体をもう一度整理してくれませんか。私はあなたの根本的趣旨に賛成ですけどね。//この問題は論理的には、やはりトランプ・レジームの出現と非常に関係があるのです。
トランプの暴挙は、盗人にも一分の理屈がある、点を徹底して暴かねば、世界史は次の時代へ進めません。