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私は先に、AIと人知のせめぎあいという課題に、『中央公論2026年11月号』が参考にならないか、と書いた。この『中央公論11月号』が「国語と言う最強の教養」を特集するとしていたからである。「AIに対抗するには最強の教養」という趣旨らしい。/ところで私は、この雑誌を入手すべく、近所にたくさんあるコンビニを訪ねたが、どこも中央公論は扱っていない。(一応雑誌コーナーはあるんですよ。しかし)それでわざわざ当市の中央まで出て、「丸善・ジュンク堂」を訪ねた。そして「明日・月曜日でないと入荷しない予定」と聞き、「それじゃ近くにあるイオンの書籍コーナー」で、来週買おうと思った。さっき「イオン白石店」の「書籍コーナー」へ行ったら、どこにもない。/それで仕方がない、アマゾンから取ろうと決して、さっき注文した。5日後に配達されるらしい。(なお、私は、アマゾンか楽天からでも買えば、簡単に手に入ると知っていても、新刊書や新刊雑誌を買うときには、あえて同じ町内にあるコンビニか書店から買おうと考えている。そうしないと、みすみす数少ない「新刊販売所」が消えてゆくじゃないの。いまや新刊を買えるのは、白石区のイオン店、書籍コーナーと、コンビニ、ぐらいのものだ。実は、今や文房具すらまともなものをまともに売っている店は非常に少なくなった。これで札幌市だというのだから。なにが政令指定都市だ。なにが副都候補だ。)ついつまらぬことを口走ったが、実は別のことをいうためにわざわざ、急いで、これを書いている。
私はたまたま、『世界遺産とは何か?』(北海学園大学人文学部世界遺産研究会編。同研究会自体が刊行している。)2020年9月30日発行。豊平区旭町4丁目1-40 北海学園大学人文学部 電話011-841-1161 に問い合わせるがよい。を入手した。東豊線学園前駅で降りれば、すぐこの大学がある。入るとすぐに大学図書館があるから、そこで聞いてもよかろう。/
これはユネスコの世界遺産とはどういうもので、これを選び、保護するはどういう意味・意義なのかということを、丁寧に説いている。こういう形で、人類の文化と人類の尊厳を守ろうとしている世界的企画で、ここに説かれている精神こそ、私のいう「AIと人知のせめぎあい」というつかみ方よりよほど本来で、これこそ学ぶにたるありようだと思った。/少々長くなるので、改めて丁寧にご説明しよう。/
ナニ「AIと人知のせめぎあい」は、切り口はもっともっとありそうだと感じた。いずれご紹介しますよ。別にそう慌てるには及ばない。
さきの『世界遺産とは何か』は、「第2章 縄文遺跡群を世界遺産に」としている。この2020年時点では、日本政府は「北日本の縄文遺跡群」をユネスコ世界遺産に推薦することが決まっていたが、まだユネスコ認定にはなっていなかった。すでにユネスコは認定しているので、この『世界遺産とは何か』はあるいは新版がでているかもしれない。しかし言っていることの基本は、変わるまい。/考古学上の著書がこの北日本縄文遺跡群を論じるときと、このように世界遺産保護の観点から北日本縄文遺跡群を扱うときでは、扱い方に違いが出て来るような気がする。そして、この世界遺産保護の観点は、私にはたいへん貴重に思える。いずれ私の今後の議論でも、日本太古の文化を取り上げて、AIさんにぶつけるときがやってくるが、そのとき、この世界遺産保護の観点を大事に保持しようと思う。まあこの第2章を扱っているのが、人類学者だということはあるが。閑話休題。
10/13 16:38 rkb 毎日放送 配信 「待ったなし! 相次ぐ災害と『防災庁』に求められる真の司令塔機能」/ 今度日本政府に設立された防災庁の、予期されている機能を説き、なぜこの防災庁が緊急に必要とされることになったかを、説明している。この記事は、もともと、10月9日放送のrkbラジオ「立川生志 金サイト」で報道されたもので、元サンデー毎日編集長の潟永秀一郎さんが行った解説に由来する由。/
この記事は、防災庁構想は、いま国際的に見まわすと、米国とイタリアの防災体制が学ぶにたるものとして存在するが、どういう点が学ぶに足るかを詳細に説明している。/
日本の官庁体制の従来は至らなかった点をカバーしているので、どういう点で従来の「常識」を超える問題なのか、日本国民たるもの、よく吟味していいのではないか。とりわけ日本全国の行政官僚には、緊急必見だと思いますよ。
本文プリントしたら、A4で10枚になった。
10/14 18:46 日本海テレビ 配信 「来年から発足される防災庁、現場を指揮する細野豪志防災担当相を直接取材 どんな組織でどんな取り組みをするのか、山陰地方ができる役割は?鳥取県・島根県」。/ 担当相談話だから、いい参考になるだろう。一読をお勧めする。コメントがまだないようだ。// 私ひとつ、提案したい。この記事中に、「事前防災という課題が含まれる。直近の課題では、避難所の改善、避難所の体制構築」とある。近年、地方で増加中の民泊だが、その民泊にたいして、ちょうどよい「地域への還元」策として、地方で「民泊認可時に」、地方の防災局体制に強制登録して、緊急時には、緊急避難所の一翼を担うように法設計したらどうか。災害時に、とくに地元に住民登録のない避難者を救済するのに、活用したらどうか。//
六大政令都市のように、普段でも外国人旅行者がたいへんに多い地域と言うものが、日本にはある。いざ、大きな、予期しない天変地異が起こった場合、大都市では大量の旅行中の外国人が、とっさの避難や緊急滞在や、救援の求め方やが得難く、大いに慌てる。/知る人ぞ知る、実は、大使館や領事館が存在している「大都会の一部」は、ふだんその国の、あるいはその地域の、外国人向き民泊が、いつのまにか、なんとなく、群がって存在しているのである。/天変地異が起こってみると、そのことに気が付く。緊急救済情報を発するのは、じつは大使館や領事館だ。外国人旅行客が携帯で「問い合わせ」(その人の母国語で)るのにいち早く答えるのが、大使館・領事館の発信・配信である。大使館や領事館は普段から、日本の地方自治体、日本政府政府の関係機関等の緊急情報をいざというときにキャッチする準備をしている。//
日本の自治体や政府機関が、事前に、これに対応した「防災局」「民宿関係」緊急支援体制を図っておけば、いざというときに、役に立ちますぞ。このルートから、素早く、外国人旅行者向けの情報体制をとっていれば、外国人滞在者に生じうる不慮の事態を、回避しやすいと思います。官庁の縄張り争いをしないで、新設「防災庁」「防災局」体制に任せるがよい。/実は北海道の胆振地震のさい、札幌市に起こった「外国人の混乱」に、非常に素早く取り組んだのが、(詳しいことは言わぬよ)特に韓国と中国だ。ともに札幌市情報にうまく誘導していた。うちは某領事館の隣に立地するので、それがよく分かった。
10/11 10:22 47NEWS 配信 「広中先生のおかげで代数幾何をやろうと思った 数学界のノーベル賞、続く日本人受賞者の森 重文さんに聞く人物像とは...」。/内容は、森先生の、恩師広中先生追悼文で、森先生がどのように広中先生に学んだかということが、語られている。コメント8通ついていた。/
私は数学者でもなんでもない。むしろ文科系で、数学劣等生であった。しかし思うところあってここに感想を述べる。/
森先生はこう述べている。「代数幾何っていうのは方程式の解を研究する学問で、方程式というものは変数が出てくるのでデジタルですよね。その解というのはある意味で絵を書くのでアナログです。つまりアナログなものをデジタルで研究する学問ともいえます。」そして森先生は言う。「絵から入るので好きでした。」/次記以降は、私の個人的感想です。//
私が高校1年生の時、数学は、「代数」と「幾何」だった。ところが卒業するまでに、「解析1」「解析2」となり、幾何はなくなって「解析幾何」と言われるようになった。大学受験の時には「幾何」という受験科目はもはや存在しなかった。
私は「幾何」が好きで(うまく解けたから好きなのではなく、一向に正解がわからないが好きだった)、藤森という人の『幾何学考え方教室』という古い本を図書館で見つけて、さかんにいじっていた(でっぱつ点とか、式は小分けに図は小分けにとか、つぶやいていた口である)。
縁あって後年、高校数学教師を妻にしたが、妻が好きだったのも「幾何」だったそうで、「補助線をさっと引く」ことが正解に至るポイントだという快感があったという。/
どうせAIは「代数幾何」というデジタル仕掛けで説いてゆくんだろうが、この森先生が指摘されるアナログ仕掛けも、これはこれで大変に貴重な手順ではなかろうか。特に初等教育で、「幾何」というアナログ教育を、維持していてはいけないのだろうか。//この文章で森先生は、アナログにたいへん思い入れがおありだ。ところがこの文についたコメントでは、このアナログ仕掛けに触れる人は一人もいない。//
数学に詳しい人のご意見を聞きたい。私は、AIの「横暴」に人類がどう抵抗するか、という話題としてこれを書いているのです。私は、場違いなことをいっているのでしょうか。
私は、大学1年時、一般教養の科目としての「数学」で、蟻坂という先生の講義を1年間聞いた。もともと私の数学の学力がそう高いものではなかったから、講義の趣旨を私が十分把握できたとは思わないが、この先生は、1年間、ヒルベルト氏の現代数学を話題にし、ポイントは、過去2000年間存続していたユークリッド幾何学の、軸ともいうべき公理が、ここに相対化されることになった、という議論である。
人類はそれまで、幾何の概念を、いわばもっぱら空間的には平面と把握していたから、立体的把握を認識に含めてゆくなら、平面ではなりたたないことを一般的な幾何の原理とはできないだろうと、当時の私の幼い頭脳は「納得」していた。代数的にいうなら、平面が「二次」なら、立体は「三次」。立体の次元が一層複雑になれば、これを「数次元」と理解して、空間を代数式で認知してゆくことになる。それも仕方がなかろうと。
しかし生きて呼吸し、活動している人体の現実からいうと、空間を普通は平面と理解し、特殊の時にのみ立体(ないしはやや高次の立体)と理解するのは、なんら不思議なことではない。人間が人体の自然から離れていない限り、人体全体は空間を平面をほとんどとするものと理解し、しかし人間の脳の中では空間は一般的には「数次元」存在しうるものと理解する、のになんの不思議があろうか。
これをもっぱら複数次元なりと決めてしまうのは、脳のみが存在するものである、と宣言するような「極端」であろう。
こういう理屈がとおれば、数学が二種類あつてもいいではないか。ひとつは「人体」向き、もう一つが「脳専用」の高等数学。昔の「幾何」は「人体」向きの、平面空間中心の数学。
こういう発想なら、今後ぞろぞろと数種の難問が解決してゆくだろう。「脳」さん向きには、電卓が発達してきたが、「人体」向きにはソロバンがぴったりじゃないの(ついでに、暗算も達者になる)。かえりみればわが初等教育は伝統的に「よみ、かき、そろばん」であった。小学生がこれで、いいじゃないの。(ついでに、書道も注目してね。)
なんなら、社会の教育も、二種類にしたらどうか。ひとつ、一般人向け、普通の教育。もう一つ、最先端AIのエキスパートを育てるAI教育。両者は必要に応じて、混交したらよい。そして国家の行う無償教育はもっぱら、普通の教育のみとしたらよい。(そうしたら、今に世界に冠たるAI私立学校が、日本にたくさんあらわれるだろうさ。この私立学校はもっぱら寄付・喜捨を主財源として成り立つ学校だ。きっとAIが、自分の学校でもあるから、懸命に財源を募るだろうよ。)
10/11 11:30 ギズモードジャパン 配信記事 「AIブームに地域住民が『待った』。2000億ドルのデータセンター建設計画が足止め」。/AI経済発展に伴う「負担・犠牲」を誰が引き受けることになるのか、という当然の論点。単純に「経済発展の利益が地元経済を発展させ、地元住民に十分に報いるのかどうか、わからぬ」ままの建設計画ありきは、お断りという話である。米国では、概して地方の住民にみられる強硬な反対で、すでに巨額の計画が挫折しており、他方でトランプ氏の政府が強硬に推進していることと(共和党が多くは支持勢力に回っている)、地方の強硬な反対運動(多くは民主党が反対勢力に回っている)という政治的構図が、今回の11月の米国の選挙戦にすっかり重なっている由。//
そこへゆくと今の北海道の「政治・経済談義」は、のんきだなあと思う。単純に経済発展だという議論ではないことは、よくわきまえねばならぬ。道民は主張すべきは十分に主張すべし。ディールでも、駆け引きでも、十分に住民はしたらよい。「体制」側のお話は、あまりにもロマンチックな、お話だ。せめていま懸案になっている北海道の地域的維持の諸問題を十二分に比較・秤量に加えるがよい。単純にAI発展を政論にしているという程度の政治家を「大成」させてどうする⁇
いまトランプ氏は、あまりにも無節操な、「今だけバランスを取ればよい」という乱暴な政治手段を頻発しているようだ。目下の政治地図では軽油の供給が悪くて軽油価格が高騰して民衆の不満を呼ぶから、急遽ロシアのプーチン氏と取引して、ロシアから軽油を大量に安価に供給させようと。(いったいどうやつてこういう手品ができるのかというと、他方で米国特使をロシアに派遣して、「ウクライナがロシア国内のエネルギー源をドロン攻撃することを制止する」という話し合いをしているらしい、と。)それを知ったウクライナ大統領が、怒って、「米国のそういう無節操な駆け引き」を暴露するというありさま。正気の沙汰ではないな。/米国はイランを制裁・攻撃することを決してやらないのではないが、ただ、いま11月の選挙を控えているから、そういうことは「いまはやらない」で選挙後にやるんだとか、めちゃくちゃな、その日暮らしの政治を、毎日行っているありさま。いよいよ11月が迫ってきた。
10/11 今朝の朝日新聞から、関連話題をふたつ得た。
ひとつは、「声」欄に載った「AIのリスク ひとごとではない」という投書である。孤独な人が、話し相手をAIに求めて、AIに語り掛けると、AIはちゃんと返事をしてくる。自分の寂しさを埋め合わせてくれて、「人間顔負けの慰め」をしてくれる。「しかし」とこの投書氏はいう、「これって、悪名高いかのオレオレ詐欺の前段階と同じことが起こっているのじゃないか」。/おれおれ詐欺に対する「対策」として社会的に「推奨」されている「行動」は、ネット上の姿の見えない相手との「めんめんとした話し合い」から放れて、家族なり、友人なり、知人なり、現実の人間とも相談すれば、「ネット上の人物」が企画する物語から逃れる機会が得られよう、というのだ。/それは、現実の人々の意見や態度はまちまちで、互いに矛盾していることも再々あり、一本鎗に参考になることはないかもしれない。しかしなお迷い多き知己の人々と話し合いながら生きるのが、人知というものだろう。//
最たるケースは、「ロマンス詐欺」だと、書いている。そうさなあ、寂しい人が、たまたま(いや、意図的に仕組まれていたわけなのだが)、ネット上で恋愛らしきことを始めると、それを「知己と話し合う」気にはなりにくいかもしれぬ。/それにネット上ではなくとも、「ロマンス詐欺」的な状況は社会的つきあいの至る場面に存在しており、そういう「ロマンス」が起こった場合、なかなか親にも相談しないわな。社会の「悪習」とでもいうのか、「ロマンス」を売り物にする商売がいたるところに存在し、「そういうところ」に毎晩行ってみないと「寂しい」人々もたくさんいる。極言すれば一個の時代の文化みたいにもなっている、ね。(いわゆる悪所がさ)ひどい話は、正規の結婚そのものが、実は「...」の擬態だった、ということになると、何おかいわんやたが。(しかし幸い、すべてがそうだというわけではない。)それだけAIにもつけこまれやすい場面だというわけだ。/
AI横暴への抵抗というものが、容易ならぬことだと、人知は、よく自覚しておくほうがよい。この「抵抗」は、けっしてオールマイティとは言えないので。
もうひとつの話題は、単純だ。中央公論が11月号に「国語こそ最強の教養」という特集を組んだという広告が載っていたという指摘だ。ここで「最強の教養」という言い方をしているのは、「AIに対抗するためには」という意図だ。「AIに対抗するためには、国語(日本語)こそ最強の教養」ということらしい。そして「語る」国語ではなく、「読む」国語、「書く」国語が、特に指摘されている。とうとう日本の雑誌が、AIに人類が対抗する作戦に、サブカル的統一見解を示した、という大きな記念碑であろう。
あるいは少し先回りになるかもしれないが、少しばかり付言しておきたい。
1.「国語」としたが、日本人が日本語(国語)を話題にするのは当然のことである。さて、この話は、他の国民には通用するかな。通用するとして、どの程度かな。(国民的に異なる、国語特質を、問題にする)私見では、「AIに対抗する国語」として、日本語はプラスの意味で、たいへんに独特であり、有利である。(他の国語はかならずしもそうではない。)つまり、この議論は、国民によってちがってくる可能性が強い。
2. 「国語」の「読む」国語、「書く」国語という特徴に注目した。そのさい「話す・聞く」ほうは、どういう扱いなのかね。無視するの?関連するの?
3. 日本語は、読み書きする言葉としては、「漢字仮名交じり文」という特有の性質のものだよね。漢字はもともと中国の文字だ。「かな」というのは、漢字の受容に際して、太古の日本が示した知恵だ。そして同じ状況が朝鮮半島でも起こったわけだか、そこではどうなった?1に述べた、各国の「国語」というとき、根拠が似ている日本、朝鮮、中国の「国語比較」は、格段の注意を要することになろう。まあ、以上は、「国語」という教養のまさに胆(きも)のようなものだから、国語を学べば当然に行き着く議論だとおっしゃれば、そのとおりだか。まあそこまで自信をおもちなら、「発音」「発声」「イントネーション」も問題にしていただこう。ナニ、どうしてイントネーションまで出てくるの?って。中国語の「四声」というのは、あれはイントネーションじゃないのかね。「国語比較」と言っているよ。
この程度にとどめます。