インフォメーション
2016-09-22 18:30:00
9月22日・木曜日 九州ヤオフク球場 日ハムはソフトBに、5対2で快勝。投手は有原。7回に中田の2打点ホームランがあった。★これで、パリーグの首位は日ハム、2位ソフトバンクとのゲーム差は2試合となった。今日がソフトバンクとの最後の直接試合である。★ 日ハムに、マジック6が点灯。今後6試合勝てばパリーグ優勝というマジックランプである。(ソフトバンクのマジックは8試合ということになる。)★この試合では、ソフトバンクの様子と日ハムの様子が、当初からまるで違っていた。ソフトバンクベンチは、「険しく、不安感に満ちていた」。日ハムベンチは、「明るさと安心感に満ちていた」。戦後はソフトBに「敗北感」、日ハムに「勝利感」となるのは、当然だろう。★両者のチームカラーの相違が歴然としている。ソフトBは個人戦に強い。しかし日ハムは「集団戦」なのである。日ハムの各選手はゲームの流れの中で「自分の置かれている地位」と「自分がチームのためにできる最善の行動」を判断して動いている。これが日ハムの強さになっている。日ハムの選手各自は、栗山監督の判断を信じ、それに従う。そう決めている限りなんの不安もないので、緊迫した試合でも「明るさと安心感に満ちている」のであった。栗山氏はだんだんかつての三原監督と似てきたね。★よく6連敗の有原投手をこの難しい戦いに起用したものだ。よく昨日ソフトBに打たれたばかりのバース投手を8回、起用したものだ。バース投手に昨日のリベンジの機会を与えたのだ。試合を通じて選手を陶冶してゆくのは、栗山氏の真骨頂だ。★さあ目の前にやってきたパリーグ優勝を、まず掴もうではないか。
2016-09-21 21:38:00
9月21日・水曜日 日ハム、ソフトバンクに勝つ。2対1. 投手は大谷。日ハムは、パリーグ首位になった。
2位ソフトバンクとの試合差は1. さあ、あすも、同じカードがある。
2016-09-20 23:22:00
9月20日・火曜日 午後11時半 台風16号は、午後9時現在静岡県沖で、温帯低気圧に変わった由。ヤフーお天気情報による。★ 台風が温帯低気圧に変わると、もう台風情報としては、得られなくなるわけだ。「現在台風はありません」となるわけだ。★ そうすると、以前まだ台風であったころに報じられた「台風見通し」を頼りにするしかなくなります。つまり、「明日21日午前3時ころ、銚子沖から東方海上に去って行く」という流れですね。さらば台風16号。
2016-09-20 19:09:00
『徒然草』166段 「人間の営みあへるわざを見るに、春の日に雪仏を作りて、そのために金銀珠玉の飾りを営み、堂を建てんとするに似たり。その構へを待ちて、よく安置してんや。人の命ありと見るほども、下より消ゆること、雪のごとくなるうちに、営み待つこと甚だ多し。」まとめは「春の日の雪仏」。短い文章であるし、このままでおおよその意味はわかるでしょう。「小春日和の暖かい日に、せっせと雪だるまを作ってお堂に祭っても、雪だるまが片っ端から溶けてゆくのだから、無駄なことではないのか。それと同じことで、内容のないことをあくせく働いて人間が将来に期待しても、どうにもしかたがないのではないのか」とでもいうような大意になりましょうか。★ これを何に例えたらいいのか。現代の「春の日の雪仏」は何だろう。遺憾ながら、現在の安倍内閣の経済政策が、「春の日の雪仏」ではないかと、切に思います。経済政策としてまじめに考えた場合、生産性の向上があるかどうかはぜんぜん顧慮しないで、ただ資金が超低利で事業に注入されるようにするんだ、という経済政策のありようは、タコが自分の足を(国家が用意する潤沢な資金を)食っているようなもので、多少事業規模が膨れてもそれで将来どうなるという見通しはとても立たないことは、はっきりしています。★その「国家が用意する潤沢な資金」は、前代未聞の国債政策から出ているわけで、こういう「体制」は将来いったいどのような帳尻の合わせ方をすることになるのか、予想もしたくないほどですよ。(世界中が火事場なんだから、日本だけ見ても仕方がない、というのでしょうね。)
2016-09-20 17:10:00
小西甚一『古文の読解』第1章「むかしの暮らし」・「複数制の時間」(時間の表現)★ 「時の記念日」6月10日の起源は何か。天智天皇が初めて水時計(漏刻ろうこく)で時間を測り、その時間を鐘を叩いて知らせた、その最初の日が6月10日でした。「漏刻を新しき台に置く。始めて候時を打つ。鍾鼓を動す。」(日本書紀)とあります。★ 48の刻み目のある矢を水中にさし、水を小さな穴から少しずつ落ちるようにした道具(漏刻)が、最初の時計です。この48の刻み目を12の時間に分ける。(各時間それぞれ4つの刻み目に分かれる)この12の時間に「十二支」を付けて呼びます。「子丑寅卯辰巳午羊申酉戌亥」ですね。「ね・うし・とら・う・たつ・み・うま・ひつじ・さる・とり・いぬ・ゐ」です。「子の刻」(ねのこく)のように言うのです。子の刻は、「午後11時から午前1時までを指す」としていますが、子の刻が「午前0時から2時までだ」という説もあるそうです。私は前者で理解しておきます。江戸時代まで(明治に入ってもしばらく)このような「時間の呼び方」が行われていました。★「子一つ」(ねひとつ)「子ふたつ」「子三つ」「子よっつ」の4つに分かれる。厳密な時点というより時点と時点の間の時間帯をさすことにならないだろうか。このなかの「丑の三つ」時(とき)が、古来幽霊の出る時間とされた。現在で言うと午前2時すぎということか。★小西さんがここで「複数の時間」と言っているのは、宮中でこそ時間の呼び方も厳密だったかもしれないが、どこでも宮中というわけにはゆかないから、結局他方でかなりおおざっぱな時間の呼び方も行われることになって、それだから同じ世の中にまるで違う時計があるみたいだったのではないか、という話題である。