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書道のユネスコ世界遺産登録と関連して、「ユネスコの主流をなす欧州の人々が、日本人の手書きなどに価値を感ずるものだろうか」という種類の疑問が、昨日の当サイト発信記事にかんする配信記事の大量のコメント中にあった。ついては私個人の経験談をひとつ、ご披露する。ご参考になれば幸甚。
私、50年ほど以前、英語会話を学習するために、イギリスのコーンウォール地方のボーンマスという町に短期間留学した。ホームスティ形式であった。オズボーン家という夫婦だけの世帯に滞在した。語学かたわら、英国の事情を学びたいので、ひまがあればボーンマス町のパブリックライブラリーに書見に行っていた(身元が確かなら本も貸してくれた)。
あるときホスト夫婦は、私がティーカップを右手でもつ姿に注目し、「ジム、君はいつもそういう持ち方で紅茶を飲むのか」と聞く。ちゅょいとカップを右手の親指、人差し指、中指の3本指で摘まむ仕草である。オズボーン氏が驚いた声で言うには、「それは我々がオリエンタル・グリップと呼んでいる、東洋の喫茶の正式の姿だ。われわれは喫茶が正式にはそういう具合になされるべきだとは知っている。ところがいくらまねても、それが普段できる人間がいない。」私は答えた。「それはたいへん光栄な話だ。私たち日本人はその握り方以外はしない。この握り方は、あなた方も知っているだろうが、日本の卓球選手が試合で使うグリップだ。私たちはぺンホルダーグリップと呼んでいる。確かにこういうグリップは、日本人選手のみだ。」(昨今は日本人選手も残念ながらあまりやらなくなった。最近はテニスグリップばかりだね。閑話休題)
それ以来夫婦は妙に私の行動に注意するようになった。あるとき、何人かの夫婦の友人たちが集まって来て、私も同席していたが、なにかのきっかけで、私が紙にボールペンで日本の文章を書いた。そうしたら皆が注目して、日本人はそうやって文章を書くのかと言って驚いていた。その中の一人が図書館員だったが、その人の請いで、私は一行漢字仮名交じり文を縦書きして、記念にさしあげた。
いったいどの国の人間だって自国語の文章をボールペンで手書きする。かれらが驚いたのは、私が漢字仮名交じり文を書くその「文字のありよう」である。「いったいそれが文字か」「まるで一種の絵ではないか」と驚くである。しかもたまたま私はその時、縦に漢字仮名交じり文を書き下ろしたものだから、驚きが一層大きかった。彼らは左から右に書くし、アラビア人は右から左に書くそうだ。ところが真上から真下に書きおろすという書き方は(中国の掛け軸なんかはみんなそうなっているが)彼らは初めて見聞する。
実際は日本人はたいていの場合左から右に書く。原稿用紙なんかは上から下に、かつ右から左に進む。書道となるとたいていが上から下へ、かつ右から左へ進む。私が「驚かれた」のはボールペンで書いた漢字仮名交じり文に過ぎないが、その字が「絵のようにしかみえない」と驚かれたわけだが、かれらにしてみれば文字とはアルファベットのようなかなり単純な形状であるから、日本の文字に違和感を持つのである(つまり文字の先入観が違ってくる)。
中国、韓国なら漢字をつかいそうなものだが、現今だと、中国はピンインという機械的な表音文字、そして簡字体だし、韓国はこれまたハングルという機械的な表音文字である。
日本でいま使っている漢字のようなわけにはゆかぬ。ただ、台湾なら、おそらく一家言あるところだろうが、政治的に日本に遠慮するだろう。台湾は日本以上に、本式の漢字を使っているので。
まあ、そんな塩梅です。ユネスコ関係のヨーロッパ人は、だいたいがそういう事情を理解しているのでしょう。