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2026-10-11 10:16:00

10/11 今朝の朝日新聞から、関連話題をふたつ得た。

ひとつは、「声」欄に載った「AIのリスク ひとごとではない」という投書である。孤独な人が、話し相手をAIに求めて、AIに語り掛けると、AIはちゃんと返事をしてくる。自分の寂しさを埋め合わせてくれて、「人間顔負けの慰め」をしてくれる。「しかし」とこの投書氏はいう、「これって、悪名高いかのオレオレ詐欺の前段階と同じことが起こっているのじゃないか」。/おれおれ詐欺に対する「対策」として社会的に「推奨」されている「行動」は、ネット上の姿の見えない相手との「めんめんとした話し合い」から放れて、家族なり、友人なり、知人なり、現実の人間とも相談すれば、「ネット上の人物」が企画する物語から逃れる機会が得られよう、というのだ。/それは、現実の人々の意見や態度はまちまちで、互いに矛盾していることも再々あり、一本鎗に参考になることはないかもしれない。しかしなお迷い多き知己の人々と話し合いながら生きるのが、人知というものだろう。//

最たるケースは、「ロマンス詐欺」だと、書いている。そうさなあ、寂しい人が、たまたま(いや、意図的に仕組まれていたわけなのだが)、ネット上で恋愛らしきことを始めると、それを「知己と話し合う」気にはなりにくいかもしれぬ。/それにネット上ではなくとも、「ロマンス詐欺」的な状況は社会的つきあいの至る場面に存在しており、そういう「ロマンス」が起こった場合、なかなか親にも相談しないわな。社会の「悪習」とでもいうのか、「ロマンス」を売り物にする商売がいたるところに存在し、「そういうところ」に毎晩行ってみないと「寂しい」人々もたくさんいる。極言すれば一個の時代の文化みたいにもなっている、ね。(いわゆる悪所がさ)ひどい話は、正規の結婚そのものが、実は「...」の擬態だった、ということになると、何おかいわんやたが。(しかし幸い、すべてがそうだというわけではない。)それだけAIにもつけこまれやすい場面だというわけだ。/

AI横暴への抵抗というものが、容易ならぬことだと、人知は、よく自覚しておくほうがよい。この「抵抗」は、けっしてオールマイティとは言えないので。

もうひとつの話題は、単純だ。中央公論が11月号に「国語こそ最強の教養」という特集を組んだという広告が載っていたという指摘だ。ここで「最強の教養」という言い方をしているのは、「AIに対抗するためには」という意図だ。「AIに対抗するためには、国語(日本語)こそ最強の教養」ということらしい。そして「語る」国語ではなく、「読む」国語、「書く」国語が、特に指摘されている。とうとう日本の雑誌が、AIに人類が対抗する作戦に、サブカル的統一見解を示した、という大きな記念碑であろう。

あるいは少し先回りになるかもしれないが、少しばかり付言しておきたい。

1.「国語」としたが、日本人が日本語(国語)を話題にするのは当然のことである。さて、この話は、他の国民には通用するかな。通用するとして、どの程度かな。(国民的に異なる、国語特質を、問題にする)私見では、「AIに対抗する国語」として、日本語はプラスの意味で、たいへんに独特であり、有利である。(他の国語はかならずしもそうではない。)つまり、この議論は、国民によってちがってくる可能性が強い。

2. 「国語」の「読む」国語、「書く」国語という特徴に注目した。そのさい「話す・聞く」ほうは、どういう扱いなのかね。無視するの?関連するの?

3. 日本語は、読み書きする言葉としては、「漢字仮名交じり文」という特有の性質のものだよね。漢字はもともと中国の文字だ。「かな」というのは、漢字の受容に際して、太古の日本が示した知恵だ。そして同じ状況が朝鮮半島でも起こったわけだか、そこではどうなった?1に述べた、各国の「国語」というとき、根拠が似ている日本、朝鮮、中国の「国語比較」は、格段の注意を要することになろう。まあ、以上は、「国語」という教養のまさに胆(きも)のようなものだから、国語を学べば当然に行き着く議論だとおっしゃれば、そのとおりだか。まあそこまで自信をおもちなら、「発音」「発声」「イントネーション」も問題にしていただこう。ナニ、どうしてイントネーションまで出てくるの?って。中国語の「四声」というのは、あれはイントネーションじゃないのかね。「国語比較」と言っているよ。

この程度にとどめます。