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9/16 17:13 共同通信 配信 「十勝岳 本格的噴火可能性 高まる 火山調査委が声明」。/ コメント58通ついている。過去には1926年、1962年、1988年に著しい噴火があった。また今年の7月と8月にも小規模の噴火をしている。現在レベル3の入山規制中。/ いま恐れているのは、万が一北海道の冬季にかかって著しい噴火が起こると、被害がとくにきつくなると考えるからである。近くに富良野という評判のいい観光地もあることだし。/ 噴火周期のようなものを念頭に置くと、危険視するのももっともである。用心に越したことはない。いま日本列島が予想外の長期に亘る大雨被害にあっているのをみるにつけても、北海道人も転ばぬ先の杖の心で生活しよう。伊達に副都候補になったわけではあるまい。日本列島国土保全を列島一倍念頭に置いている心が、副都志願者というものの今後のありようだと思うよ。
「自分が自分らしく生きる社会のありよう」という連続書き込みをしていて、村上さんと五木さんの作品を、考える材料とした。もうひとり、司馬遼太郎さんを付け加えよう。作品は司馬遼太郎『アメリカ素描』新潮文庫、平成元年だが、私は平成3年の第7刷を買った。このアメリカ論は、1985年の読売新聞に連載された文章(第一部と第2部)を採録したのである。なにしろ作家の企画なので、恐ろしく主観的である。それは村上さんや五木さんも同じだ。そこを承知の上で、その知恵に学びたい。//
司馬さんはこう考えるのだ。地球上のいろいろな民族の人間が自分に馴染んだ生き方をしながら(それを司馬さんはその人の生きている文化と呼ぶ)、生活の困窮に追われて、自分(達)を受け入れてくれる「誰でも生活がしやすい国」(これを司馬さんは文明と呼ぶ)がないものだろうか。あればそこへぜひ移住したいと志願する。いま地球上でこういう「文明国」と目されているのが、唯一、アメリカ合衆国ではあるまいかと、司馬さんは思う。司馬さんが知り合ったある韓国人のそういうつぶやきを、司馬さんはすかさず自分の言葉に置き換えた、次第。(19頁)そういうわけで、「文化」から「文明」を観察するという、このアメリカ論が書かれることになる。//