インフォメーション
20世紀の「新しい」資本主義は、19世紀のそれと、どこが違うのでしょうか。前回の「20世紀の恐慌は?」という文では、20世紀の新しい資本主義は、19世紀のそれとは違って、政府が経済過程に干渉する資本主義である、と説明しました。政府が経済過程に干渉しなければならない理由は、さもなければ経済恐慌を防げないからです。資本主義が成立して100年もたつと、経済恐慌による急激な落ち込みに経済社会が耐えられないと感じられるほど資本主義が大きくなったのです。だから20世紀資本主義は、国家の目からすれば「恐慌が起きてはいけない社会」なのです。
20世紀の新しい資本主義は、19世紀にはない新しい制度を伴いました。それは、「株式会社」です。19世紀にも株式会社はありましたが、19世紀の株式会社は「公益を守る」存在でした。しかし20世紀の新しい株式会社は、民間の営利事業に許された存在です。ただ、20世紀の株式会社には条件がついています。政府が経済社会の持続の責任をとっていることに協力する義務です。砕いた言葉で言えば、「国策に従いなさいよ」ということです。単純な私益は国策の前には許されないのです。
株式会社において、一般には資本は株主持分というカテゴリーに閉じ込められ、いったん経営方針をきめればその執行を会社経営者という新しい人種に委ねます。資本機能である「生産手段と労働力との結合」は経営者を介して、資本家(すなわち個々の株主)とは独立した場所にあります。ご存知、このシステムは、資本主義の生産力の格段の前進をもたらすものでした。この新しい生産力を率いて、20世紀の国家は、一方では経済恐慌を押さえ込み、他方では経済社会の飛躍的な発展を図ったのです。(20世紀に起こった多くの戦争は、残念ながらこのような経済社会の発展をかなり相殺しました。国家が率いる経済社会は、他の同様の競争者と軋轢を生じやすかったのです。)私たちが今日「近代経済社会」と理解しているのは、このような20世紀資本主義でしょう。国際経済はあっても、世界経済はなかなかありえなかったのですね。
後日もう少し詳しく述べますが、この20世紀の新しい資本主義は、その「新しさ」にふさわしい「新しいイデオロギー」、「新しい経済学」をもつことになりました。それが近代経済学ですよ。19世紀末の「限界革命」から出発したという新しい経済学ですよ。最初に世界史的に確立した19世紀英国資本主義の場合、古典派経済学と今日呼ばれている経済学が存在していました。この古典派経済学では、経済社会の基本単位は「商品価値」に置かれていたはずです。しかしこの新しい20世紀の経済学は、経済社会の基本単位を「商品効用」に置くのです。
古典派経済学がもっていた経済循環、景気循環、経済社会の再生産という観点を新しい経済学は最初ぜんぜんもっていませんでした。後にケインズ経済学という形で「経済社会の再生産」という観点が追加されます(この近代経済学に追加された部分がマクロ経済学です。最初からの部分はミクロ経済学と呼ばれています)。
金融機能からいうとこの「法人資本」はどんな社会的機能をもっているのか。基本的には商業信用の機能しかもっていないのです。「企業相互がもつ商業的信用」ですね。「商業手形で表現される」わけですね。そして国家的金融秩序はこの法人企業の商業信用の上に乗っかっていたわけですね。じつは19世紀の資本主義の秩序もまったくそのとおりで、金本位制もすつかりこの上に乗っていました。物価撹乱が少なく、金利撹乱も少ない体制ですね。世にサウンドバンキングといいます。
新しい資本主義は私的営利事業に広く株式制をみとめていましたが、20世紀には商業信用に並んで産業信用も非常な拡大を遂げることになりました。ただ、政府は、商業信用と産業信用の間に一線を画して、産業信用のありようが商業信用とそれをベースとする国家的金融制度のありように入り込まないように警戒していました。そしてあの劇的な1929年恐慌が米国で起こったことの教訓として、産業信用と、商業信用および国家的金融制度の間に、強い一線を引きました。これがかの有名な「グラス・スティーガル法」でしたね。(まだ捨てていなかったら、経済辞典を引いてご覧なさいよ。)
1980年代以来レーガンだの、サッチャーだの、いろいろな「英雄」達が寄ってたかって「グラス・スティーガル法的秩序」をぶち壊し、これを「ビッグバン」と称しました。
このあたりから、「知価社会」という、新しい経済社会が胎動してくるわけなんです。
21世紀のリーマン恐慌の議論を19世紀の恐慌と比べました。そうすると理の当然として、「20世紀にも19世紀同様の恐慌が起こったのか」という疑問に触れざるをえません。20世紀にも恐慌は起こっていますし、そういう意味では20世紀も恐慌の存在自体を止めることはできませんでした。ただ、19世紀末から20世紀にかけて、重要な変化が経済社会に起こっています。19世紀資本主義はほぼ英国の独壇場で、英国は資本主義を成り行きに任せて発達させようとしていました。いわゆる「自由放任主義」です。自由放任主義が資本主義という経済社会の体制にとってもっともふさわしいものだと、英国社会は考えていたのです。したがって経済恐慌についても、確かにそれ自体は困った現象ではあるが、これが「事物自然の成り行き」であれば致し方のないことだと考えていました。そして確かに19世紀の英国は、10年毎の経済恐慌を乗り切る都度、より大きく発展していったのです。
しかし19世紀末から、経済社会を「事物自然の成り行き」に任せることは出来ないという強いリアクションが資本主義世界に現れてきました。「自由主義のままではとうていありえない」というリアクションは、ひとつには、英国より50余年も遅れて資本主義を発達させてきた英国以外の国々に、最初は「保護主義」という形で現れました。英国に対抗して自国の資本主義を発達させるには、英国のいうような自由主義には従えないと。ドイツ、米国に、特にそれが強く現れたといいます。もうひとつは、英国それ自身です。19世紀末にこれまで10年程度という周期で回転していた景気が、突如まったく回復しないようになりました。「不況の継続」です。英国史上1873年から20数年間を「大不況期」と呼んでいます。(後年の世界史は、大不況というと米国の1929年を指すようになりました。最近の人々が大不況というと、2008年リーマンショックを指すことが多いようです。しかし世界史的には、大不況とは、1873年から20数年間の英国の不況でしょうよ。)英国のような資本主義先進国でも、経済社会は資本主義の経済恐慌に耐えることは出来ないので、政府が経済社会のありように干渉して、「とにかく経済恐慌が起きないように防ぐこと」が大事であるということになってきました。先進国でさえそう考えるのなら、ドイツや米国のような資本主義後進国も「政府が恐慌防止に働く」ことに何の違和感もありませんでした。
経済社会が政府の干渉の下にあって経済恐慌を強力に防ごうとするのですから、もう20世紀の世界には、19世紀のように10年ごとに経済恐慌が来るということはありません。(来ようとする恐慌を政府が必死に止めるのです。)だから19世紀的な意味では「周期的恐慌」は20世紀にはありません。しかし経済恐慌がまったくなかったのではないことは、20世紀の経済史がよく示しています。恐ろしいのは突発的にやってきてすべてを押し流してしまう「大恐慌」で、こういうのは大戦争とほとんど同じ位の災禍を経済社会にもたらしますね。その最たる実例が米国にはじまった1929年世界大恐慌ではありませんか。もし日本が1941年にハワイを急襲して太平洋戦争にならなかったら、米国の経済社会はこの大恐慌の災害から脱し切れなかったでしょうね。今になれば、「戦争が米国を救った」と回顧する人がいても誰もはかばかしく異議を唱えませんよ。
この20世紀の「新しい資本主義」を何というか。私は「国家資本主義」とよぶのがいいと思います。政府の経済社会への干渉が基本になるという点で、20世紀の資本主義は19世紀の資本主義とはすっかり一線を画するからです。堺屋太一さんが『凄い時代』の中で、21世紀の「知価社会」と対比して「近代産業社会」と言われるのは、直接にはこの20世紀の「新しい資本主義」を指しているものだと私は思います。この記事はいったんここで切りましょう。すぐ続きを書きますから。
2008年リーマンショックは、「知価社会」らしい最初の恐慌だ、と書いた。これは堺屋太一が『凄い時代』講談社、2009年で言ったことの受け売りである。
そうすると、私は次のような疑問を感じることになる。この「知価社会」の恐慌は、今後繰り返して起こるものであろうか。また、もし繰り返すものなら、何年おきに繰り返すものであろうか。このように疑問を立てるのは、実は経済史に前例があるからである。これは堺屋も知っていることだろう。資本主義経済は19世紀にまず英国で確立されたというが、経済史では英国の1825年恐慌を、英国資本主義確立の指標と考える。そしてその後約10年に一度の割で恐慌が来ることになった。要するに10年で一回転する経済循環(景気循環)が19世紀英国に現れた。これも有名な話であろう。だからこの19世紀英国とのアナロジーで言うと、リーマンショックが「知価社会」という新たな社会の恐慌だというのなら、この恐慌は自然には「繰り返すものなのでしょうかね」と伺うのである。(ことばを変えると、知価社会というのは、循環する社会・ないしは再生産する社会、なのですかねと、伺うのである。)
疑問の趣旨はもっともだが、そのことは、いま論理的にどうということはできないのではないか、現実の経済の歩みを経験しながら帰納するものではないのか、というのなら、「ご説ごもっとも」と申し上げる。19世紀英国の1825年恐慌にせよ、10年おきの恐慌にせよ、後年盛んに理論化されることになったが、それは当然に19世紀英国史の現実の歩みを見ながら行なわれたのだった。してみれば今度の「知価社会」とかの恐慌についても、これからの現実の世界的経済史の観察がなければ単純に理論化できるものではない。
そこでいま経済世界は、息を詰めて、リーマンショック的な金融恐慌が果たして再びやってくるものかどうか、戦々恐々様子を見ているのではありせんか。ちょうどリーマンショックが来た2008年から起算すると今年は8年目なのです。19世紀英国史のアナロジーでいうと、そろそろ10年目になるのです。しかもまーひどいことに、19世紀の1825年恐慌のような場合には、たしかに恐慌は経済社会に深い落ち込みは作ったが、数ヶ月程度で回復し、一旦回復すると力強い勢いで以前を上回る経済発展をしたんではありませんか。ところがこの「知価社会のリーマンショック」は、たちが悪いことに、この回復のために「超低金利(いえ往々にしてゼロ金利)」を2015年まで続けてきたのですよ。これではあまりにひどすぎるというので、米国連邦準備銀行が恐る恐る「普通の金利政策」に戻そうとしている(まだ戻したとはいえませんけどね)わけでしょう。
世界の指導者が恐れているのは、この凄い超低金利・金余りジャブジャブ金融が突然経済社会を活気付けてぐんぐん高度成長を始めると、この「成長」がどんな結果を招くのかが恐ろしいのです・いちばんありそうなのがもう一度金融恐慌を、それもリーマンショックを何倍も上回るような金融恐慌を招いたらどうなるかということです。そういう状況になったときに中央銀行が手綱を絞るには、正常な金利政策が必要だろうと思うわけなんです。だから早く「普通の金利政策」に戻ろうとしているわけなんでしょ。しかしどの国も一度に普通の金利政策に戻るわけにはゆくまいから、まず米国の中央銀行が優先的に普通の金利政策に戻ってゆく。ヨーロッパや日本はそれを邪魔したり、それをやりにくくしたりしないで下さいよ、というメッセージを米国は盛んに発しているわけでしょ。それだけわかっていれば、別に国際会議もなにも開かなくたっていいんです。このような米国は、「マイナスの金利」政策などとるはずがないのです。
だけど、最初に戻って、私の疑問自体は正当ですよ。たしかにまだ経験はなくとも、19世紀史と比べたアナロジーは可能だし、それはそれで物事を考える手助けにはなるのです。もうひとつ、私は意見を保留していました。20世紀にはこれはどういう議論になりますか。
2008年8月に米国でサブプライムローン危機が明瞭になり、有力な証券会社リーマンブラザーズが倒産、保険最大手のAIGが政府の救済を受けた。今日「リーマン。ショック」あるいはリーマン大恐慌の名で知られる世界的な金融恐慌である。堺屋太一は2009年に『凄い時代』講談社という本を書き、この本の中で、このリーマン恐慌はポスト冷戦後に確立した「知価社会」の、これがじつに知価社会らしい特徴を備えた最初の恐慌であると喝破した。
欧米社会、とりわけ米国の経済社会はいまでもリーマン金融恐慌の強い陰に怯えている。それは当然だろう。リーマン恐慌を忘れているほうがよほどの極楽トンボで(それがじつにわが日本なのだが)、世界の金融は明瞭にリーマン恐慌の陰にある。リーマン恐慌に際して崩壊に瀕した多くの有力な金融機関を救済するために始まったのが、いまに続く低金利政策だろう(ゼロ金利政策と、極言してもよい)。昨年(2015年)末、ようやく米国連邦準備銀行は、おそるおそる「普通の金利政策」に戻ると声明した。2016年中に数回の金利引き上げを行なって「正常」に戻ると宣言した。(なんとリーマンショックのあった2008年から数えて8年も経っているのだ)それなのに、ご承知のように今年(2016年)初頭に襲ってきた世界的な金融変調を米国連邦準備銀行は強く懸念し、またまた「ゼロ金利政策」に戻ってしまった。それだけではない・米国がドルの安値を希望するという強いメッセージを伴っている。
まあこれでわりを食うのは欧州と日本であろう。ユーロは高めになり、円も高めになる。現にそうであり、今後もそうであろう。これはドル安のシャドウ現象である。
リーマン恐慌の再来を恐れる米国指導者達の意思は非常にはっきりしている。
こうなると、アベノミクスはおしまい。円安に誘導しながら株高をもたらそうという運動はもう無理。日本の再軍備であろうが、沖縄基地であろうが、憲法第9条の書き換えであろうが、もうそんなことはどうでもいい。(もちろん米国の軍部の指導者はそれを希望するだろうが、それよりも政策的に上位におかれているのが、リーマン恐慌を防ごうという米国の指導者たちの強い意志であろう。日本軍が武器を持って米国海外派遣軍の後についてきてくれるかどうかという話は、当面どうでもいい。)
日本というのは不思議な国で、国際的に見て常識と思える判断が、日本国内ではぜんぜん出来ない国である。いままちがってでも円為替を日本政府がいじってご覧。たちまち5月の国際会議では、日本は、「世界が問題にしていることがぜんぜん分からない国」として、はっきりボイコットされると思う。
安倍がこういった、管がこういった、麻生がこういった、石原がこういった。?なんというあきれた国だろう。かれらがいろいろ言おうが答えはひとつしかない。為替はいじれない。だから安倍が言ったということのほうが、内容的には常識である。フオーチュン誌など、米国の経済社会が当然のようにリーマン恐慌の影に怯えていることを隠そうともしていない。世になにごともなく、勝手な絵が描けるものと思っているのは、日本と日本人だけではないか。
こうなってくると中央銀行のマイナス金利など、とんだ見当違いの政策だ。マイナス金利はやめたらよい。当面財政出動でもして景気を維持したらよい。姑息な手段だが、しばらくはもつだろう。海外から見たらこれがいちばん分かりよい(当面の)日本の政策だろう。もし安倍内閣にこれが理解できなければ、別の人々に交代するだけのことだ。
2016年4月2日号、北海道新聞9ページの「読者の声」を読んでいて、思わず奇異の念に打たれた。竹沢さんという人が、書いた「緊急事態条項の危うさ」という「声」である。安倍首相の示唆するような、政権に強い権限を与える「緊急事態条項」を憲法草案に盛り込む発想は、ナチスドイツがかつてドイツ・ワイマール憲法48条にあった「国家緊急権」を「運用」して決定的なヒトラーへの「全権委任法」を得、ワイマール体制とは似ても似つかない「第三帝国」を作ったありようとあまりにも類似していると、危惧のことばを述べて居られる。
私はいま『世界の名著・トインビー』中央公論社、1967年を読み始めていたが、その16ページで、蠟山政道氏の「トインビー紹介のことば」として、トインビーがカレッジの教師であった頃、第1次大戦が勃発し、大戦の様相がギリシャの昔のペロポネス戦争の様相と似ていることに感銘を受けた、という話が出ている。「そのとき突然わたしの蒙が拓かれた。現在この世界において現に経験しつつある経験は、すでにとうの昔にツキュディデスが彼の世界において経験済みのもの(ペロポネソス戦争)だったのです。いまやわたくしは新しい目をもって、彼、ツキュディデスを再読しつつあったのです。」(トインビーのことば) トインビーはまさに「歴史を再発見した」という思いに打たれるのです。トインビーのこのような思いが、巨大作『歴史の研究』につながったのですね。
歴史は元来決して同じように繰り返しはしません。まったく同じ歴史が二度あらわれることはないでしょう。しかし極めて類似しているという思いを歴史家に抱かせることはないとはいえないのですね。現在の安倍内閣の意図と、前世紀ワイマール体制下のナチスドイツの勃興とは、あまりにも符合する政治的経済的事情が目立つように思い、ご同様、大いに奇異に思います。多数決の名の下に専制を行なおうとする野心が、あるいは両者に共通なので、類似が目立つのかもしれません。
アナロジーはあくまで、アナロジー。同じだとは言っていません。ただ、警世の言葉ととられるがよい。