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2026-09-10 20:16:00

お天気配信についた「市民のコメント」の中に、「雨雲をどこかに運び去ってくれないかなあ」という声があった。科学が大変に急速に進歩してる世の中だといつも聞かされてばかりいる。それなら雨雲そのものをなんらかの機械的手段で、他の場所にもってゆけばいいではないか。/この手段が有効なら、正反対の気候問題、「渇水」「水不足」にも、切実に言えるはずだ。じつにこの「雨雲自体を別の地域に移動させる」考えは、万年渇水の砂漠地帯では、ずいぶん昔から渇望されている。/私はいまこの方法で水を移動できる話は残念ながら聞いていない。/ではこの方面で何か斬新な「水を移動させる方法」があるか。それが皆さんお聞き及びの、海水をくみ上げて、これをある種の科学的処理をして、真水を取り出して供給するという方法だ。どこでやっているって?イランで、あるいはイランならずとも、砂漠の多い中東諸国で、この手を実行している。これは間違いなく多くの資金がかかるだろう。器械的の方は一度設置すれば同じものが使い続けられるが、おそらくは「エネルギー資源」を大量に使うだろう(だから、中東諸国)。しかし科学が進歩してゆけばいずれごく安いエネルギーが開発されるやもしれぬ。//まあここまで私はいまのところ夢ばかりみた。現実問題に戻ると、いまの技術的手段でたとえば「渇水」を処理しようとする。(いつも自衛隊が飲み水を運んでくる、というわけにもゆくまい。)現在の河川の流れをなんとか工夫してゆくのが「狭い可能性」だ。今の地形でも、なんとか相互に融通できる可能性をひらけないか。私が申し上げるのは、治水の範囲・領域を広げた発想で企画することである。隣の県にある山からの流れをなんとか企画できないか。つまり広域治水ということだ。たとえば名古屋市に流入する庄内川は、隣の岐阜県から(土岐川という)流入する、庄内川の治水は名古屋だけでなく、濃尾平野を視野にしなければなるまい。さらにその上流は木曽だ。つまり(リニア新幹線みたいな話になるが)中部地方を念頭にした治水がなければ庄内川だけ収まるわけにはゆかない。国土強靭化・保全のためには地方自治も「広域自治」が必要なのだよ。(だから庄内川のような川は1級河川として国の直接管理を必要とするとなっているのだ。)国土保全が第一義的に地方自治に責任があるという思い込みをやめることだ。国が国土強靭化の課題に消極的になっていたのでは、困るのだ。(海水を真水に変える方法が仮に見つかっても、海のない岐阜県はどうするのだ。今だって清水とか焼津、隣県の伊勢湾、などから魚がやってくる始末ではないか。もっとも岐阜県はあまり渇水にはならないが。大昔は上杉謙信が武田信玄に日本海の塩を武士の情けで渡したりしたものだ。まあこれも広域の発想さね。)