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2026-07-29 13:22:00

道新 7/28 2頁に配信された 「札幌中央信組賃料収入で『学生職員』支援」という記事。//札幌中央信組が山鼻支店(S16W8)建て替えに際し、新しい建物は、向かって右側が、1階北海道銀行山鼻支店、2-3階が札幌中央信組で、左側が職員マンションであると。ここからが「仰天」の「ワクスタ」プランで、札幌中央信組は年間6人を北海学園大学夜間部の学生を採用し、かれらが容易に就学・卒業できるよう「通常より1時間短い勤務で支援金1万7千円をふくむ月収19万2530円、賞与を含む初年度年収268万円を予定、かつ実質負担月3万円で建物左側の職員マンション1LDKへ入れる。卒業後は勤務継続だが、他への転職も妨げない」と。そしてこの「ワーク・&スタディ」の経費として、道銀の協賛を得て道銀への賃料をこれに充てる由。//私は図らずも昭和39-41年に、旧道銀跡地に開かれた西2丁目道銀ご相談センターの「経済相談コーナー」で、担当者・顧問・蛯名賢造教授に「助手」として付いた際のことを思い出した。もっとも経済相談などはあったためしが少なく、道内地方の開発行政相談に見えた方々の案件ばかりだった。蛯名先生は北海学園大学教授で開発研究所の要職にもあったが、先生のゼミの学生を週1回呼んで、センター内で国際経済のゼミを開いてほしいと私に丸投げされたので、国際金融中心に私が自分の得意を生かした指導をした。10数人通って見えたが、個人的に頻繁に相談に来た人もいた。今思うとこれが私の大学教職経験の始まりで、私はその後昭和42年から新設札幌大学、昭和45年から北星学園大学に職を移すのである。国際経済学担当。//この時知り合った北海学園大学の学生、笠松さんとは、その後個人的にも長い交際が続いた。笠松さんの兄さんが、当時遠軽信用金庫の常務理事で、そのご縁で遠軽信金の経営上のご苦労など弟さんを介して私ながらに学んだ。最大の苦心は、地元に貸し付け需要が乏しく(したがって預貸率が好転しにくい)という、今日の稚内信金同様の地方信金の悩みである。私は札幌大学時代の教え子、石郷岡さんという快青年を遠信に採用していただいたが、石郷岡さんは遠軽で結婚された。(詳しくは省くが、残念ながら故人です。)いま月寒に遠軽信金の札幌支店があるのをしょっちゅう眺めながら、いろいろ思いだす。私自身の北海道学習の一部になった。