インフォメーション
2018-09-06 15:33:00
2018年9月6日・木曜日・曇り・札幌。午後3時すぎ。★今朝午前3時20分ごろとっぜんの地震。停電していて周囲が暗くて見えない。携帯をみたら次のように着信していた。北海道胆振中部に震度6.5強の地震。それ以外の情報は携帯には何も出てこない。その後時々余震があった。★朝になった。電源がないからテレビは通じない。水道は出ている。屋内いろいろ探して、電池で動くテレコを見つけ、HBCのニュースを聞いた。★午後3時に電気が来た。テレビも見られるし、このようにネットも動く。うちの地震による被害は、書類棚が倒れて中の書類が散乱し、整理に手間取りそうなこと。モニターが二つとも画面に傷がついて、少なくとも一方は使い物にならなくなったことだ。★電気が止まっていることが、目下あらゆる不都合の原因だった。その電気が入れば、あとはだんだん正常に復帰する。震源地近くの、安平、厚真、早来の被害は急には回復すまい。★今回の台風・地震重なっての被害で痛感したのは、新型の通信手段である携帯が非常にもろくて、古風なラジオニュースにかなわないことである。固定電話は作動していて堅調だが、結局数便の安否見舞いに役立っていただけだ。携帯による通信が当然化しているので、固定電話だけ堅調でも仕方がなかった。もし固定電話に災害ニュースを聞く機能があれば、重宝しただろう。★前言訂正。午後4時ころ外出したら、札幌市内、電気はあっちに入ってこっちはまだ入らぬという様子。信号機もあっちはついていたが、こっちは止まっているという様子。それと、所々でガソリン給油待ちの大行列(車列)ができている。札幌が平常に戻るのは、まだ先だ。
2018-09-05 07:46:00
2018年9月5日・水曜日・曇り・札幌。★昨夜から今朝にかけての台風通過。バタバタと戸外で音がしていた。朝、近隣を見渡すと、あちこちで「浅い」垣根が倒れていた。日中管理物件を見回る。★日本ハム対西武。旭川。午後6時。テレビUHB。ラジオHBC、SТV。昨晩は残念な負け方をした。★今朝の台風、札幌には広範囲にわたって影響を残した。★樹が、あちこちで根こそぎ倒れた。江別野幌若葉町でもと理工学院わきの路端の樹が5‐6本根こそぎ倒れていた。札幌市美園でリンゴの樹が2‐3本根こそぎ倒れていた。札幌市北郷で老木5‐6本根こそぎ倒れていた。★当方管理のアパートで2か所、看板が飛んですつかり壊れた。同様当方管理のアパートの玄関内に相当量の雨水の吹き込みがあった。★こういう性質の台風被害は、札幌では最近稀である。
2018-09-05 00:37:00
2018年9月5日 0時38分 札幌。0時前までは、なんの兆候もなかった。0時過ぎたところから、急に風雨が激しくなった。これから数時間の間に台風21号が日本海上を、札幌の西を通り過ぎて、サハリン方向に向かうのであろう。ネットでいうところでは、この台風は進行方向右後ろに特に強い被害を残すという。つまり、札幌側だ。彼我の無事を祈る。
2018-09-04 09:29:00
2018年9月4日・火曜日・曇り・札幌。★台風21号は今日午後から明日朝にかけて札幌付近を通過すると予想されている。たいへん足の速い台風で、猛威を失わないまま来道し、サハリン方面に向かうものとみられている。当方管理物件を巡回し、警戒したい。★日本ハム対西武。午後6時。旭川。テレビUHB、NHKBS1.ラジオHBC、SТV。実際には台風の影響で試合不可能だろう。★道新3頁。「タイムライン道内も着手」。水害の防災行動を水害発生前から時系列で提示することを、道内いくつかの地域で国土交通省が策定中という記事。今日午後から明日朝の台風21号に間に合うのならよいが。★道新29頁。「東日本最も暑い夏」。見出しで想像できる今夏異常気象のまとめ。対策如何に。日本の温帯は北海道のみになるのではあるまいな。
2018-09-02 15:08:00
2018年9月2日・日曜日・晴れ・札幌。台風21号が日本南方にあって、やがて北上して4日から5日に北海道に来て、サハリン方面に向かうというように、道新34ページの天気図ではみられる。この台風、足が速そうだ。もっとも現在まだ日本本土に上陸してはいないが。★日本ハム対ロッテ。午後5時。ゾゾ千葉球場。日本ハムは2勝した。★道新4頁。「社会保障給付費最大の116兆円」。内容は一に年金、二に医療、三に介護だという。★道新6頁(読者の声)「介護職若者ぜひ目指して」。社会的介護を要望する需要が潜在的・顕在的にない家庭などありはしない。しかし介護という職業を選ぼうという若者は、私の周辺では聞かない。(でも私の娘は、障害者教育を職業としている)日本で社会的に介護職のなり手がいない場合、自家の介護体制を強めるか、あるいは海外から介護職移入をするということになろうが、どちらも問題山積。「介護職の待遇を高める」といっても、これまた問題山積。★道新別冊。「天然痘との闘い」。中川五郎治という人が帝政ロシアに5年間抑留された後日本に帰国して、北海道松前に80歳で死ぬまで住んだ。この人がロシアから種痘法を日本に持ち帰り1824年初めて実施、日本に広めたという。ただ、当時の日本中央(江戸幕府)はこれを無視したので、中川五郎治のこの話が日本全体として知られたのが大正になってからだという。西洋文化が北のほうから日本に入ってきていた珍しい例。