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2018-10-04 09:34:00
2018年10月4日・木曜日・晴れ・札幌。★日本ハム対楽天。午後6時。ラジオHBC、SТV。★道新4頁。「新閣僚に聞く」。今度の安倍改造内閣で、農水相になった北海道地盤の吉川貴盛氏の談話。★今年の北海道の震災被害、農業不作、の対策、また今度日米貿易交渉で日本政府が農産物・コメ・酪農品についてトランプ・アメリカを喜ばせるような妥協を迫られるのではないかという危惧がある。よろしくお願いしますよ。★道新10頁。「宿泊客以外も無料受け入れ」。9月6日、7日当時札幌駅近い有名ホテル「京王プラザホテル札幌」がどのように経営したかというリポート。「494室の22階建てのホテル」当時800人宿泊。6日朝6時、修羅場始まる。エレベータが止まっている中で従業員が客をロビーに誘導した。このホテルは地震後12時間以内に「希望者延泊無料受け入れ」を決断している。210室分の緊急キヤンセルが出ていたことも、延泊可能の決断につながった。在庫限りでの食事振る舞い。他のホテルに泊まれなかった人もロビーで寝泊まりを認め、食事も供給した。ロビーでの数約100人。「現9月末時点での客足7割程度」。★この有名ホテル。立派に救援を行った。もっとも、誰に聞かせても恥ずかしくない対応であったればこその記事発表だろう。観光業界よ。至急緊急時対応の組織的話し合いをしておいたほうがいいのではないか。いろいろ反省すべき点もあるのではないか。★災害時には、災害救援の社会的責任のある業種の企業は、押して社員(や組織員)に緊急時出勤という方針を取るべきだ。社員がいなければ企業は動きが取れまい。
2018-10-03 09:42:00
2018年10月3日・水曜日・晴れ・札幌。★日本ハム対西武。札幌ドーム。午後6時。ラジオHBC、SТV。★昨日の試合で日本ハムパリーグ3位と確定。今やるのは言葉は悪いが、「消化試合」。それなりに懸命に戦ってくれればよい。主力選手は何ほどか手控えることになる。きたるべきクライマックスシリーズの「備え」で、上位チームはいま「死んだふり」をするかもしれない。(こういうことをこれ以上論評していて何になろう。)★道新22頁。エンジェルス大谷選手は肱の靭帯の手術をロスアンジェルスで終えたそうだ。来年は打者として出場するのだろう。投手大谷は2020年のお楽しみ。★道新15頁。「アジア富裕層観光や商用に」。19席の小型ジェット機をビジネス・観光用に使って、新千歳空港に来航する国際便が最近激増しているという。その過半が「アジア富裕層」で、新千歳から専用ハイヤーでニセコリゾートに向うと。容易ならぬ機数、容易ならぬ人数である。現在の新千歳の受け入れは大変に窮屈で制約が多いと。★ここ数年ニセコという国際的観光地は異常な発展を遂げた。ニセコに接近する個人機用の空港をニセコ自体あるいはニセコに近い場所に特設することを考慮していいのではないか。それよりもなによりも、北海道(日本)がアジアの国際的観光地として発展するということと、自然の姿でのアジアの地理関係・国際関係を、国家百年の計として長期的にとらえ直すのが日本では遅れているのではないか。はっきり言って、いつまでもつのか「ものづくり日本」。観光日本という政策の柱は、まだだれも考えて居ないのではないか。★テレビでみていたら、英国南部ボンマスで、EUを通しての外国人の受け入れを拒絶するか、つづけるか、という話をしていた。何十年前の英国ではモノづくり産業がたいてい滅びて、観光と金融で立ち上げ始めていたが、その当時ボンマスは英語学校が外国人を集めて込み合っていて、「英国の輸出産業はついに英語のみになったか」と新聞がぼやいていた。こうやって養われた東欧移民などが現在のボンマスのホテルや商業、観光、介護を支える主力労働者である(つまり現英国人である)。英国土着の人々はホテルも観光も商業も介護の労働もやろうとしないのだ。移民反対とは、複雑な意味を持っている。なによりもかによりも、当時の英国人は観光英国の政策を当時はぜんぜん考えてもいなかったよ。まさしく観光英国になろうとしていたのに。
2018-10-03 09:02:00
古文読書として『伊勢物語』を手掛ける感想を述べた。英文読書としてグリーシャム『リティゲータ(法廷弁護士)』を手掛ける。★John Grisham,The Litigators,2011。ペーパーバッグで読む。私は古書250円で買ったが、新刊書店で買っても1000円余ぐらいの値段であろう。最近忙しいので、外出が多い。鞄に入れて常時持って歩く。伴う辞書は超軽量のシャープ製電子辞書PW-M800。単4乾電池で動作する。英和辞典を使うが、名刺版よりほんの少し大きいだけで、これほど軽い電子辞書はない。だいぶ古くなった機械だが重宝している。色も音もない。この『法廷弁護士』、冒頭に数ページの記述があって、その後は、もっぱら「場面」の描写である(対話が多い)。この「場面」をどんどん読み継いでゆけば、物語が進行してゆく。(この最初数ページの記述が、正直、読みにくい。だから、それは最初飛ばしてしまえばよい。続く「場面」は辞書なしでも流れはつかめる。時々気休めに単語をひく程度でよい。)★「オーディオブック」という企画が米国にあって、加入すると月に14ドルなにがしを払わなければならない。毎月14ドルなにがし支払えば読む英語の本をどんどん変えていってもよい。しかし正直私の読書力では「どんどん読む本を替える」ほどは読めない。ところが本の最初の数ページくらいはこの「オーディオブック」がウエブ上無料で聞かせてくれる。さっき言った「最初数ページの記述」がだいたいそういった箇所だ。数度聞かせてもらった。★あとはしゃにむにこの本の「場面」を読み継いでゆけばよいだけだ。★まず章の初めに、その章がどの程度の長さなのか見る。たいてい4-5枚すなわち8‐10頁くらいのもの。(全体が40章ぐらいのもの)これから読もうとする段落(パラグラフ)をまず目で追って、それからパラグラフを読みだす。念のために言うが、辞書はなるべく引かないほうがいい。気になったときだけ引く。★物語が展開してゆく。鉛筆を持っていて、たまに本に書き込んだりする。★たいてい一度読むだけだが、再度読んでもよい。冒頭の部分など、再度辞書を引きながら丁寧に読み返す日もあろう。★友人がいて、読んだことを話し合ったら楽しかろうが、いなければひとりで楽しむ。どっちでもよい。ひまな人、メールください。
2018-10-01 17:06:00
『伊勢物語』というのは、『竹取物語』と並んで、日本の古文を読むときに初期に手にするものという相場が出来ているらしい。教科書にもよく(部分的に)載っている。私は高校のころ『竹取物語』を授業で接して、「たいへんわかりやすい」という印象を持っていた。さて長じてきたものの、あまり古文を読もうとしなかった。今になってみると、古文が、英文同様に、あるいは英文以上に読みにくい。★いちばんやさしい古文から読み直したらどうかなと思って、『伊勢物語』を手にしてみた。(この本はどこでも習わなかった)★注釈がいっぱい入っている本で、わからない語句は注釈を見ながら本文を読むのである。意味はなんとなく通ってゆく。しかし「分からない」のだ。なぜかしら、どうもよくわからない。★何度もチャレンジしてみたが、不可解の思いが去らない。★このほど、世界文化社『グラフィック版特選日本の古典3 竹取物語 伊勢物語』1983年、を買って目を通した。絵がいっぱい入っており、解説の多い本である。なによりも楽しい本だ。★この中で中村真一郎さんが『伊勢物語』について書いている「まえがき」(64‐65頁)を一読して、私の疑問のいくつかが解けた。★中村さんは、『伊勢物語』というものが、決して一人の作家の作品というのではなく、多くの無名の書き手が書き足したり書き換えたりした物語だとみる。(まるで現代のウエブ上のウェキペディアみたいだな)しかも平安時代初めの10世紀ごろに発生しながら、11世紀、12世紀と書き足されてきた物語だという。(私などは近代の物語をみるように、自然とこれを特定の時期の特定の作家の作品と見てしまうので、実はそうではないから、戸惑ってしまう。英語だとこういうとき、コンフュージングというね。)★この物語が10世紀に最初に成立したころは、当時中国で漢詩に詞書を添えるという形式が流行っていたから、その形式をまねて、日本の奈良時代にはやったような古い和歌に適当な詞書を和文で添えてみようという形が成立した。(だから和歌ごとに同じような人物の歌と擬されてはいても、必ずしも同じ人物の作ではないのが当然ということになろう。いわば詠み人しらずのうたが作品の主体なのだ。そう思えば、この世界文化社の本の145‐149頁にまとめて掲載しているように、「伊勢物語のうた209首」を伊勢物語の125段のすべてから書きぬいてまとめる、という仕方にも独自の意味があり、その遊び方がありうることになる。じっさい古来よくこのような歌だけの書き抜きが作られたのであろう。)★11世紀には「語り」が時代の趣の中心になり(それで源氏物語のような多くのすぐれた物語が生まれた)、12世紀になると考証や注釈が流行り、物語を架空にしないでそれらしい実在した人物を探して作品に入れることが流行る。それで詞書の部分が妙に生々しくなったり、うるさく注釈をつけたりという性質が『伊勢物語』に付け加わる。★こういうどうしょうもなく複雑な因子をもつ物語だから、読む者は小うるさいことを考えないで好きなようにこの文を読めばよろしい。しかし現代の私たちはどうしても散文を読みの中心にしてしまう。逆に「うたを取り出してひねくる」ように歌にポイントを置くのが妙であろうかと思う。わが古文の原型だな。思えば、歌心なき野蛮人と同胞に見られたくはないしね。「ちょくなればいともかしこしうぐいすのやどはととはばいかにこたえむ」権力者が無理難題を言うときに、これをやんわりとしかしタフに防ぐのが国民のうたごころである。
2018-10-01 16:37:00
2018年9月6日の北海道胆振東部地震、まだ当地札幌には、1日に一回ぐらいは、震度3程度の体感地震がある。まだまだ油断はできないし、いざというときの備えも崩せない。全道大停電の反省もいろいろの形で必要である。★それにしてもここは地震国日本。いつまでも地震のこと、停電のこと、ばかり考えているわけにはゆかない。乱暴な「個人的意見」としていえば、これは「半世紀に一回ぐらいの事故だろう。」★プロ野球の年間正式試合もやがて終わり、クライマックスシリーズ他特別プログラムとなる。米国の大リーグもエンジェルスの正式戦は今日で終わった。札幌の人間としては、道内温泉に一度出かけ、それから冬支度だ。★世界は明らかに過渡期にある。米国制覇の世界で時代の新しい局面が開けるかに見えた21世紀。ニューエコノミーがつぶれて、リーマンショックとなり、それから10年たったが、中東・アフリカの難民の波をEUは処理しかねていて、EU統一の勢い頓挫。中国は一路一帯の世界構想と打ち上げたが、「アメリカ第1」の米国は、中国と貿易戦争を構えてその趨勢行方知れず。★我が国は、世界の趨勢を横目に、強気の国際関係を展開している。しかしこれがどこに帰着するものやら、わかったものではない。沖縄は今日の知事選で辺野古反対の民意を示した。要するに思い切った「基地清算」の意思と思ってよいのではないか。★世の中の激動、意識の中に置きながら、わたしは古文と英文を楽しむ。伊勢物語。グリシャムの「法廷弁護士(リティゲータ)」。カネのかからない楽しみですよ。しばらく地震と停電を忘れて。