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2018-11-24 09:39:00
2018年11月24日・土曜日・晴れ・札幌。★昨日は降雪があったが、今朝の札幌は快晴だった。★北方領土問題、日産の問題、新聞の話題になり続けている。★昨日の道新で、郷原さんという「ブロッガー」の意見を特に紹介していた。郷原さんの論旨に従うと、経営者の超高給は日本人一般には評判が悪いが、こういう問題を考える背景には、「会社は誰のものか」という文化的かつイデオロギー的問題が存在していることを、現代は意識せざるを得ない事になる。欧米では「会社は株主のもの」という意向が支配的だから、会社を設けさせて高株価を演出した経営者は超高給を食むことが当然視される傾向にある。しかし日本のように「会社は従業員、顧客等会社に関係する全てのもの」という意識が強いところでは、経営者の高給自体が犯罪視されるきらいがある。(もつともゴーン氏の問題は、ずいぶん特異だが。)★ところでわたし、昨日Drucker氏のManagementという洋書をブックオフで買ってきて、ぱらぱらと冒頭から眺めていて、「おやっ」と思った。わたしが「経営」という言葉の下で理解していることと、ドラッカー氏がいっているManagementは、かなりの食い違いがある。現代の会社にmanagementがあることが、昔の会社との大きな違いだとか、managementはそのような「機能」というだけでなく、じつに「集団」であるとか、「そのような職業人によって担われる」とか、「これはわたしが従来思っていたmanagementとはだいぶ違うぞ」と思うようになった。それで、除雪で忙しいのにもかかわらずこの大部800余頁の英書を読んでみることにした。(ただ、英文そのものは平易である。)★近年新会社法が施行され、国民の大部分はそんなものなど知らない。いつのまにやら、会社は昔の会社とは違っている。あさひ狛法律事務所編『新会社法のすべて』中央経済社、平成17年は、ありがたいことにちょうどこの法律の代わり際に書かれたので、新しい会社法に対する「疑問」をじゃんじゃん書いている。これもブックオフで買った。(100円)わたしもよく知らない「今の会社」をクローズアップしてみよう。そして郷原さんの指摘する「会社問題の背景」は、奥村宏先生に「会社はだれのものか」など、大量の著書がある。★それに、会社「コンサルタント」とはなんだろう。大前研一氏のマッケンジー流「コンサルタント」と、北海道で昔ポピュラーだった「スト破り請負人」とは、だいぶ違うようような気がする。じゃあコンサルタントとは本当は何だろう。★おまえそんなことも知らないで生きてきたのかと言われそうだが、じゃあ、あなた、良く知っているの?
2018-11-23 09:14:00
2018年11月23日・金曜日・晴れ・札幌。★札幌は今朝までにそこそこの積雪があった。まー11月の雪だから、いずれ地上の天候がよくなれば、溶けるしかないが。★道新1頁。プーチン氏が北方領土返還があった場合に「そこに米軍基地はおかない」ことを法的に保証するありようを日本に求めているという。そういう要求があっておかしくない。★しかしこうなると米国の出様が問題になる。日本政府が「米国の出様」を決められるか。(長い間日本外交は、勘所で、米国の妨害に会って、日ロ接近ができなかった。)安倍氏というか、この点についての日本外交に秘策はあるのか。日本対EU並みに程度を引き上あげた日米2国間貿易協定でも代償に約束するのか。★アジアには古来外交の基本構図がある。中国の戦国時代に、強国秦にたいして他の国々が巡らせた外交戦略だ。直接各国が隣国に対応する縦横策、強国に対して他の国々が連携する策。「縦横策」という言葉ができたくらい(外交戦略という意味)。さて、なにかを差し上げて日仏同盟を結び、なにかを差し上げて日米同盟を結び、ロシアに対して中国という現在も将来も大変な大国に対して、日ロ同盟をしませんか(具体的には大規模な日ロ経済協力、ある外国雑誌は1000億円程度としている)と話して、この仏ロ米連携が日ロ平和条約締結を期に成るのではありませんかと日本政府は説いたらいかが(そうすると日ロ平和条約をパリでも借りて結んだらどうだ)と持ち掛ければ、プーチン氏はうんとうなずいて、「引き出もの」として北方領土を扱うかもしれない。(これはわたしのたんなる空想で、いかに現実と適合する点があってもそれは偶然に過ぎない。念のため。)★その連携が一段落したところで、一路一帯という戦略をとっている隣国に対して「日出所の国、日没するところの国にたいしてごあいさつしたい。つつがなしや」という親書を送ったらいかが。日本単独ではこういう外交はできない。
2018-11-22 22:49:00
2018年11月22日・木曜日・曇時々雪・札幌。★とうとう札幌は、時々雪が降るようになった。★新聞もテレビもネットも、日産の話で溢れている。ただ、どうもよくわからない。一番わからないのは、このゴーン氏の「犯罪」、どうしたって日本とフランスの間の、政府間の大きな問題になることは、避けようもないだろう。そして、日本政府は事前に「事件」を知らされて、「フランスとの政治的対応」を当然に考えて居るだろうと思われる。★日本政府はあるいはフランス政府と、「大きな意味で」同盟を結びたいのだろうか。日産をそっくりあちらに差し上げても惜しくないような「大きな意味で」の同盟を。
2018-11-21 09:42:00
2018年11月21日・水曜日・雪・札幌。★とうとう数センチの積雪となった。★昨日も今日も、日産会長カールス・ゴーンの「不正」についての報道で、新聞も、テレビも、ネットも、大忙しだ。この「不正」と、「不正」摘出の仕方と、こういったことの背景に横たわる「哲学」「イデオロギー」。確かに並みの「犯罪」とは違う。
2018-11-19 23:20:00
なぜ司馬さんが、日本仏教のありよう、特に葬式に関するありよう、を「迷信」と極言しているかを、簡単にまとめておく。この小文は、文芸春秋『司馬遼太郎の世界』1996年、314-336頁に載っている。★そもそも仏教は、釈迦の教えから、インド自体でも変容があり、中国に渡来して中国文化に受容されて変容し、さらに日本に渡ってきて日本でも変容している。★釈迦の頃は、「遺骨に魂が宿っているから、遺骨を拾う」という発想はない。お釈迦さんの墓がどこにあるという発想もない。死ねば火葬されるのが当然のこととされていたろうと。お寺というものもない。「解脱」とか、「空」とかいう思考に、そんなものはあり得ない。死ということについてさえ、釈迦は問われても明言で答えるのを避けた。答えがないということでもなかろうが、しかし言葉で言えることでもない。仏と言っても、形がない。(しかし後年インドで仏を形にするありようが出てきた。)★仏教が中国に伝来すると、形のあるもの(仏像)として受容され、寺という建築物を伴い、国家仏教となって、「効き目」、「功徳」を求めるようになる。★日本に入ってきた仏教は、当初は葬式を伴っていなかったが、やがて「葬式」が始まり、形式として固定するようになって来た。しかしそのほとんどが、本来の仏教とは何のゆかりもないもので、いうなれば「迷信」。僧の戒など、中国から伝わってきたものだが、どこがありがたいのか。「戒名」とは、死んで仏になるのは要は「僧になる」ことだから、「僧としての中国名」をつける・それが「戒名」だろうと。★こういう具合にみてくると、葬式のありようをなにやら固定的な、動かしがたい儀式のように言うのは、どうも大きなペテンにかかっているようなものである。しかもそれを商業主義でごり押しするのは、何おかいわんやだ。だいたいこういう趣旨のことを言っておられる。★門徒として粗末な墓にひっそり収めてほしいと思う心に、つまらない御託を強制されるのなら、当代を以って佛徒をやめようと、わたしもおもいます。★わたしの幼時、わたしの祖母は、寝しなにかならずご詠歌をうたっておりました。祖母の時代には流行歌がなくて、あるいは流行歌代わりだったのかもしれない。毎晩静かにご詠歌をうたいながら死期を待っていたのでしょう。わたしも司馬さん同様、もともと門徒の家です。私の友人に、尊い山にまで登って修行してきた人がいる。「印中日と渡来したことによる仏教の文化的変遷」が、彼の研究テーマだった。しかし身が僧侶で、寺の住職であるという「葬式の主催者」の立場と、それがどうかかわるか。檀家側が一生懸命考えているのに、僧侶のほうは何を考えるのか。とっくり伺いたいと思います。いいかげんなお答えなら、檀家をやめようとおもいますよ。