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2025-11-26 09:53:00
トッド氏の著書『我々はどこから来て、今どこにいるのか』文芸春秋、2022年の全体の論旨は明瞭である。現代社会の大方の人々が「絶対的真理」と信じて疑わないところの、近現代社会の国民諸国家の「意識の最表層」にある「政治的・経済的・リベラリズム」は、英米仏という(とりわけ英米英語圏という)社会人類学的には「核家族型」という特有の歴史的家族型を社会人類学的背景をもつ国民国家が先導して世界化したものであるという「歴史的社会的限定性」をもっている。近代欧米社会の個人主義と自由主義を「疑うべからざる人類普遍の真理」とうたう「リベラリズム」が、1990年代以来の世界の政治経済的格差の極端な拡大という姿の中ですっかり行き詰まってしまったのだと、著者は本書の全体をもって主張している。本書上巻「アングロサクソンがなぜ覇権を握ったか」(下巻の第14章までとみるけど)は、「輝かしい」近代市民革命から「人類普遍の」デモクラシーの確立と発展、アダム・スミスの理論に象徴されるような、個人主義と自由主義に基づく資本主義の輝くような世界的発展を、がつんと否定する(まあ、相対化するわけだか、)論述である。本書下巻「民主主義の野蛮な起源」(とくに第14章以降)は、政治・経済格差の極端な拡大により、リベラリズムがとうてたい立ち行かない状況になっているという「リベラリズム行き詰まりの様相」を読み解く。近現代リベラリズムの解体という巨大なテーマを、形而上学的にではまったくなく、現実主義的に把握する筆致なので、たいへんに読みやすい。(クレール エ リッシュとは、まさにこのような文章だろう。ナニこれはエマニュエル・トッド評ではなくて、フランス語という言語についての批評だが)著書前半部では、核家族が議論の中心だが、後半部では、直系家族と共同体家族が議論の中心になる。